フェードアウトは完了

 

頭はガンガンするし、吐き気は止まらない。
それなのにこの部屋?は揺れているし何だコレ…。
確か、昨晩は(あんな事があったからだとは思いたくもないけれど)しこたま酒を飲み、
一軒目で早々に吐きアルコールを体外に排出。強制的に酔いが醒めるも迎い酒の応酬。
それなのに頭の奥の方が妙に醒めているものだから我を忘れる事が出来ず、
楽しくなれなかったのだ。それでも体力は徐々に奪われ、足元は覚束無くなった。
それからどうした?今、思えば記憶は非常にあやふやなのだから
散々に酔ってはいたはずだ。何か、全身に覚えのない痣は出来ているし。
というか、二日酔い(それも酷い、だ)の朝に何が悲しくて
正座なんかをしなければならないのか。
正座なんか冠婚葬祭くらいにしかする機会はないというのに。
いや、それだけじゃない。
むしろ、その程度の疑問は非常に他愛もない出来事だと分類される。
あの、ほら。何か。とにかく、ここ、どこよ。


「お前は、何だよぃ」
「何コレ、夢?夢の類い?」
「何が目的だよぃ」


目前に腕組みしたマルコがいる、なんてのは夢だ。
限りなく当事者の手を離れた夢。
折角、夢を見るんならシチュエーションは他にもあっただろうよ…。
しかし、酒の仕業だけじゃないなぁ。少し病んでるのかな、あたし。
夢にマルコが出てくるまでは単なるあたしの足りない脳みそ万歳
くらいで済ませられるけど、選んだシナリオが《マルコに怒られる》なんて、
どう贔屓目に解釈しても病んでるよなぁ。
ていうかこの夢、余計な設定に凝りすぎてない?
痛覚とか、この際無視の方向でいいんじゃないの…?頭痛い…。


「おい、聞いてんのかよぃ」
「…気持ち悪い」
「何?」
「ちょっ」


あたしとマルコ以外には何もない部屋を一瞬で見渡し、
造りがどうなっているかは分からないが、
この部屋で(しかもマルコの前で)リバースする訳にはいかないと思い立ち上がる。
ていうか、何この夢。まったく不愉快極まりないんですけど…!


「ちょっ…どいてよ!」
「馬鹿言うなよぃ。お前みてぇな不審者、見過ごせねぇだろがよぃ」
「あたしの夢なのに、どんだけ辛辣!?」


それでも無理、何か夢の中でもマルコの前で公開リバースとかしたくない、
っていうか目覚めた後に変な後悔に襲われそうだし、つーかマジで気持ち悪い。


「何だ?お前、具合が―――――」
(察して!)
「ちょっ、」


よろけかけながらマルコの丁度胸元辺りを押し退けた。
感触も非常にリアル。
背後のドアに向け一直線に進む。マルコが腕を掴んだ。
ああ、こちらも無駄にリアル。


「離し、てよ」
「馬鹿言うなよぃ」
「気持ち、悪いって、言って、んでしょ」


後、一歩のところで進めない苛立ちだ。
流石に切羽詰まればこの男がマルコだろうがそうでなかろうが
腹は立つんだなぁ、なんて悠長に思っている場合じゃない。
ていうか、何この夢!障害にぶつかり先に進めない人が見る夢?


「吐くって!」
「何ぃ?」
「だから、離して!」


我ながら情けない…けど、
大概この辺りで目は醒めるはずなんだけどなぁ。
えっ、あたし寝ゲロ的な…?最悪、まず女として最悪なんですけど…。
自分の部屋だったらギリセーフ(限りなくアウト寄りではあるけど)だけど、
もしそうじゃなかった場合どうしようかな。
言い訳とか、ある…?そんなあたしに…。
目頭が熱くなるのは逆流する胃液のせいだ。これは一刻の猶予もない。
ごめん、お母さん。(今更ながら)女を捨てます(数えきれない程の)
口元を抑えたまま(一応、結果はどうあれ、気をつかってみたよ)
(何事も最初が肝心って言うから…)膝をつけばマルコがあたしを抱え上げた。
う~ん、欲を言えばお姫様だっこがよかったんだけど、
吐きそうなヤツ相手にそれはないか。…嫌なリアルさを伴った夢!
米俵を担ぐようにしなくてもマルコ…。
けど、この姿勢はアウト!!背中に吐くって、これ!
しっかりと目を閉じ、
出来る限りの我慢をしていれば潮の香りが全身を包み込み、
あたしの頑張りを台無しにした。
嗅覚まで無駄にリアルなんですけど…故に耐え難い…。


「おい、どうしたマルコ。あの女ぁ担ぎ上げて」
(あの女って何…)
「二日酔いだよぃ」
「ははは!そういや随分と酒臭かったもんな」
(ていうか、潮の香りって本当辛いんですけど…)
「まったく、とんだ厄日だよぃ」
(何この夢…夢の中で位、優しくされてもいいんじゃね…?)


うっすらと目を開ければ見渡す限りの大海原と甲板が目に入った。
細部にまで力の入った舞台に我ながら感心、している場合でもないか。
船の最後尾まで歩いたマルコはようやくあたしを下ろし、
妙な真似をしたら殺す的な事を言っていたが正直、聞いている余裕はなかった。
忍びないが大海原に向け胃液をリバース。
そりゃそうだ。酒ばかりを喰らい、固形物は摂取しなかったから。
しっかし、胃液が粘膜を痛め付けている感触だとか、
吐いたそばから体温が急激に落ちていくところだとか、無駄にリアル過ぎる。
どこぞの3D映画よりも臨場感はあるんじゃないの、これ。


「…おい!?」


そうそう。普通ならこのまま復活出来るんだけど、
稀に体調が悪い時って倒れちゃうんだよね。
この期に及んでそのセレクション。 視界は黄色く濁り、毎度の事。
フェードアウトは完了


クソったれパラレルです。
ていうか、一人称だから名前がまだ・・・