運命を恐れるんじゃねェ、俺の息子よ。

 

ヤバい。これは相当ヤバいわけですよ。
これまで生きてきて、何度かヤバいと思った事はあれども、
こんなにヤバいと思った事はいね!


バイト先のヤバめな店長から、
あわやソープに売られかけた時よりもヤバいし、
遊んだ男が怪しい薬を常用してた時に
お上が出現した時よりも確実にヤバい!!


!!」
「!!」


あたし、ここが海賊船だって事すっかり忘れてたわ。
そして、みんなが海賊だって事も忘れてた。
いや、忘れてたって言うよりも、ちゃんと理解出来てなかったのかな。
これまでが余りに平穏だったから。


「すばしっこい女だな…!」
「ちょっ…」
「おい、サッチ!あいつを逃がせ!!」
!こっちに飛べ!!」


突然の轟音に驚き飛び起きれば、まさかの敵襲。
唖然とする暇もなかった。
怒声に怯み、息を飲む。視線で辺りを見回せば
皆、当然のように応戦していて、咄嗟にマルコの姿を捜した。


刀がぶつかり合う音が、あんなにも気に障るものだとは知らず、
只、このままここにいてはいけないのだと、
それだけは辛うじて分かった。


「何だぁ?女が乗ってやがる!」
「そいつに近づくんじゃねぇよぃ!!」
「こいつぁいい!アキレス腱が姿ァ見せやがった!」


暴力。計り知れない暴力の渦だ。
危機だけは嫌というほど分かり、転げるように逃げながらサッチへ向かう。
マルコは対極の方にいるし、
エースは親父の命を狙った輩を消し炭にしていた。
すぐ目前を弓が過ぎた。男の荒い息がすぐ背後に―――――


「死ね!!」
「マ…」
!!」


刀が振りかざされ、迫り来る刃を見つめていた。
こっちの世界で死ぬという事はどういう事なのだろうか。
元の世界に戻るの?元の世界でも死ぬの?
でも、今更元の世界に戻るくらいなら、
マルコ達のいない世界で暮らすくらいなら―――――


「マルコ!!」


叫んだ瞬間、鼻の奥がツンと痛み、涙が零れた。
そして。そして何も分からなくなった。














だから、お前のそういうところが嫌なんだよ。
何で他の人と同じように出来ねェの?
個性とか価値観とかさ、お前はよくそんな言葉を使うけど、
それってそんなに大事なわけ?
俺の感情とかまったく無視なわけ?
そんな派手な格好だってさ、正直いつまで続けんのって話だよ。
お前も俺もある程度の年齢になってんだし、
そろそろ人並みに落ち着かなきゃいけねェんじゃねェの?
お前、戻るとこなんかねェんだろ?
もう俺と一緒にいるしかねェじゃん。
だったらさ、少しは俺の言う事も聞くべきなんじゃねェの?


「…!!!」


号泣しながら目覚めるなんて、それこそいつ振りなんだろうか。
息苦しくて思わず飛び起きる。
最悪の夢だ。考えうる限り最悪。
掴まるものがないような、足元も覚束ないような淋しい夢。
心をきつく傷つける夢だった。
動悸がまったく治まらないし、涙もまだ止まらない。
指先を見つめれば赤黒く汚れており、思わず匂いを嗅げば血の臭いがした。
錆びた鉄のような臭い。そうしてようやく気づかされる。
ここは、一体。


「お。気づいたか」
「―――――シャンクス!?」
「おいおい無理するなよ、病み上がりだ」
「…!」


頭がズキズキと痛み、少し遅れ身体全体が痛み始める。
筋肉痛が百倍酷くなったような痛みだ。


何?何よこれ。意味分かんないんだけど…。
ていうか、何かあったよね?
何か大事な事をあたし忘れてない?
どうしてシャンクスがここにいるのよ。


「…マルコ、は」
「ここにゃ、いねェ」
「何…?」
「ここは俺の船だ。だからあいつはいねェ」
「ちょっと、意味が」
「まだ混乱してるじゃねェか。いいから寝てろ。もう一日くれェゆっくり眠って、話はそれからだ」


何か言葉を繋げたかったが、身体が余りに痛む為、それを断念した。
というかせざるを得なかった。
シャンクスの指先が肩に触れ、呆気なく身体が倒れる。
歪んだ視界の中、うつった彼の顔は笑っていただろうか。
分からないが、どうにも抗う事の出来ない痛みに押され、目を閉じた。














誰もが皆、一様に押し黙り、無駄口を叩く事を止めていた。
騒がしさは一切消え去り、争いの後始末に明け暮れていた。
甲板を汚した血液は水に紛れ海へ消えていく。


余りにも唐突な襲撃だった。
周到に用意をされた襲撃だ。
見張りの交代の時間帯を狙い、ほんの僅かな隙を狙い奴等は襲いかかって来た。
だから反応が僅かに遅れ、こんな事に―――――


「落ち着け、落ち着けよマルコ!!」
「うるせェよぃ!!」
「無闇に飛び出してどうするんだ!?この大海原の恐ろしさなんて、お前はよく知ってるはずだろうが!!」
「急がねェと、死んじまう!!こんな大海原にあいつはたった一人、たった一人だ!放り出された!!お前も見ただろうがよぃ!!」


あの瞬間、刃がの頭上に迫った瞬間だ。
目眩むほどの覇気が放たれ、目前の輩は欠片も残さず吹き飛んだ。
ビリビリと肌が裂けそうなほど痛み、力の弱い奴らは足元から崩れ行く。
。小さく呟けば怯えた眼差しがこちらを見つめる。
怯えた、小さな背。涙の痕―――――


「あれだけの覇気を纏った女が、そう簡単にくたばるわけがねェだろうが!!は能力者でもねェんだ。あいつはこの海に嫌われちゃいねェ!!」
「なら、なんでだ」
「何?」
「どうしてあいつは消えたんだよぃ!!」


マルコの声が木霊し、誰もが言葉を失う。
そう。は消えた。
眼差しをマルコに向けた後、
己の覇気を抑えきれず身体を抱き締め悲鳴を上げる。
感情を突き刺すような悲鳴だ。
すぐにでもの元へ駆け寄りたかったが
押し潰すような覇気により、それも侭ならず、
それでもどうにか腕を伸ばした瞬間、
大きな、まるで静電気のような摩擦が生じ、目を閉じる。


開けばの姿はなく、呆然としたマルコだけが取り残された。
幾度もの名を呼び、叫んだが返事はなく、思わず膝をつく。
この指先は、彼女に届かなかった―――――


「…面白ェ女じゃねェか。なァ、マルコ」
「親父…」
「あんな女は滅多にいやしねェ。サッチの言う通りだぜ、あいつはこの海に嫌われちゃいねェし、運命に選ばれてやがる。くたばりゃしねェ」
「…」
「ここに落ちて来たじゃねェか。あいつの戻る場所はここしかねェんだ」


誰もが愛されず、そうして愛されたくこの船に残った。
信じる事など出来ず、それでも信じたいと思いここへ辿り着いた。
言葉を飲み込み、悪かったと呟けば、何故だか涙が零れそうで、
指先で目頭を押さえる。


運命を恐れるんじゃねェ、俺の息子よ。


白ひげの声が聞こえたが、とてもじゃないが返事も出来ないでいた。

突然シリアスでゴメンな・・・。
私も書きながら(あれ?やっべー)と思ってましたが
抑える事など出来なかった。ごめん。
本当、びっくりするよねー・・・。