夜来の夢


海賊-エース




瓦礫を踏みしめながら近づけば、嫌に音が響くもので、
その反響に少しだけ笑った。
音もなく近づこうと思っていたのに、これでは筒抜けだと。
こんなタイミングは奇跡でも起こらない限り巡りあえないのだ。
だから、これはきっと奇跡なのだろうし、
そうして奇跡はエースを選んだわけだ。そう思わざるを得ない。


それにしても、どんな争いが起こった後なのだろうか。
建物は朽ち、瓦礫の山がズラリと並んでいる。
人々の姿は一切なく、
獣の鳴き声ばかりが騒々しさを少しだけ演出していた。


「…あんた、ポートガスね」
「嬉しいねぇ。あんたが俺を知ってるなんて」
「白ひげの所の、ガキでしょう」


目前の女は長い腕を手錠により持ち上げられている。
風景と同じくぼろぼろに汚された彼女は
深く沈んだ眼差しばかりを向けていた。
新世界にその名を轟かせた
表舞台から突然姿を消し、二年ほど経過する。
どこぞの海で命を落としただとか、
海軍に捕らえられただとか、噂は山ほどあった。
しかし、どれも信憑性に欠け、
つい先日顔を合わせたシャンクスも、
あいつはどこかで絶対に生きていると妙な確信を抱き言っていた。


「よっぽどな事情があったみてぇだな」
「人の事情に首を突っ込むもんじゃないわ」
「…海桜石の手錠かぃ」
「あぁ」


本当についていない。
だったか。が吐き捨てた。


「そんな状態だってんなら、話は早ぇな」
「どいつもこいつも…」
「巡り会わせがいいんだ、俺は」
「クソみたいな野郎ばかりだわ」


の身に何が起きたのかは分からない。
聞くつもりもないし、が口にする事もないだろう。
これは全てが起きた後の出来事だ。
彼女の本戦にエースはまったく関係がないし、
エースが少しだけ足を踏み入れた所で、
これから先の彼女の永くはないであろう人生に関わるとも思えない。
だから、これは魔が差した、だとか通り魔に遭った、だとか。
そういった類のものだ。
未だ目の当たりにした事のない彼女の能力は力を失っているわけで、
辛うじて残った気高さにより覇気を出してはいるが、
正直な所、堪える事もない程度のもので、もう一度瓦礫を踏む。
が諦めたように溜息を吐き出した。


「どうにも疼いちまって、仕方がねぇのさ。あんたにゃ、申し訳がたたねぇが」
「思ってもない言葉を口にするんじゃないよ」
「擦れるのは構わねぇが、」


あんまりにも淋しいじゃねぇかと続けたエースは
の目前に座り込み、じっと見定めた。
顔、首、胸。腹、腰、足。
一通り視姦し、次に触れる。
まずは冷えた頬を。次に鎖骨から胸元にかけ。
は声一つ上げないが、相当に疲労しているのだろう。
呼吸ばかりが急かした。


「よっぽど手荒くやりあったみてぇだな」
「あんた、どうしてこんな所に来たの」
「どうこう言うつもりはねぇが、勿体無ぇ」
「目的は」


言葉を続けるより先に口付けた。
の眼が一瞬、大きく見開き、すぐに歪む。
頭上で手錠が音を立てた。
余り暴れない様にと腹の上に手を置き、力を込める。


「…!!」


の足を割り、身体を滑り込ませた。
元々あってないような布が申し訳程度にかけられた
の身体はすぐに曝け出される。
白い腹の少し上の部分に痣が見えた。
自分自身を守りきった勲章だろう。
の身体からは男の匂いがしなかった。


「ついてない。本当についてないわ」
「逆、じゃねぇかい」
「何?」
「ついてるんだよ、あんたは。最終的な場面が俺だって事はついてるのさ」


唇を離し、二言、三言続けた会話がそれだ。
は諦めたように視線を投げ出し、
据え膳だと感じたエースは唯一痣のない首筋に噛み付いた。
自分より遥か上の位置に立っていた女をモノに出来る感覚は、
他に類を見ない程の快楽を齎す。
只の男と女になってしまう堕落感。
そうしてそれを、が望んでいないという現実。
全てが五感を異様に刺激するのだ。
乳房に舌を這わせ、ここもまったく冷え切っていると感じた。









よくある事ではあった。
敗者になれば殺されるか慰み者にされるか。
どちらも大差はないが、命があるだけマシだとも思えた。
これが初めてではないし、だから傷つく事もない。
よくある事だからだ。それでも腹は立つ。
何故こんな事になってしまったのだろうと後悔をしても、もう遅い。
そもそもの始まりは何だった。


ああ、あの男か。
あんな男の目に留まってしまったばかりに、
逃れられない運命とやらを自覚した。
まるでゲームのようにこちらを追い詰めるあの男。
そうしてあの目。


「凄ぇなあんた。心ここにあらずか」
「―――――何」
「知らねぇ男に、触られてるってのに」
「っつ…!!」
「さっきから一体、何考えてんだよ」
「ぁ―――――」


あんた以外の男の事よと吐き出せば、
大して濡れてもいない性器に
勢いよく指が突っ込まれ鋭い痛みが下半身を覆った。
呼吸を止め、大きく息を吸い込む。
これが現実の痛みだと気づくまでそう時間はかからず、
後悔はまだ出来ないのだと知った。
意図せず、侵入物を追い出そうと膣がきつく締まり、
尚更痛みは増す。


「こんな事して、何がどうなるって言うの」
「…何も」
「ぅ」
「何も、どうにもならねぇさ」


エースの手のひらがの頬に触れ、
その刹那、無理やりに顎を上げさせる。
煌く夜空を背景に、ここに来て初めてエースの顔を目の当たりにした。
じっとこちらを見据える眼差し、口元に僅か称えた笑み。
全身から沸き立つ纏わりつくような気配―――――
ああ。漠然と思う。
ああ、こいつも一端の海賊だ。


戯れの一環で囚われた両腕は力を失い、
自らの命諸共、相打ちを覚悟しはしたものの、
命は救われたわけではなかったのだ。
こんな生き方をしていれば、追い討ちをかけるように弱者は捕食される。
エースの腕が太ももを担ぎ、男の身体が接近した。
僅かに唇を開いたは次に来る衝撃を何となく予想しながら、
この身を過ぎ行く男達の思惑を見つめていた。


海桜石祭第二作目はエース。
ひっさびさの裏です。しかも暗い方の裏。
エースと顔見知り以前の主人公。
主人公が争っていたのは…
2010/3/30