気づけないほど愚かだったのか








  「あたし、あんたと寝たの?」



呆然とした表情でそう問うをぼんやりと見ていた真鍋は、
彼女の次の行動を予想していた。
ここまで舞台を整えるのは正直一苦労で、
ようやく漕ぎつけたところなのだ。
抜き差しならない場面を演出した。



一泊50万以上の部屋を取り、
キングサイズのベッドに裸で埋まる。
彼女は、覚えているのか。



「…そうだよ」
「何で」
「酷いな」



恐らくは何も覚えていない。
昨晩タクシーに乗り、
このホテルへチェックインするまでの間、
意識はほぼなかったはずだ。



は何かを考えているようで、
こちらに視線を寄越さず口元を隠している。
あれは彼女の癖だ。



「この部屋は何」
「奮発したんだ」
「昨日、あのパーティにいたわよね」
「あぁ」



昨晩は賭朗にてちょっとした懇談会があった。
懇談会というか、打ち上げと言うか、
立会人同士の交流会のようなものだ。
時折気まぐれに催されるらしい。




新人という事で顔を出さざるを得なくなった
嫌々ながらも参加し、確か門倉と話をしていたように思う。
あの男は面倒見がよく、
南方と共に業務外でも親しくさせてもらっている。



俺の妹分だとの事を紹介し、
ちょっとしたトラブルにより一定の場所に住む事が難しい
自室を間借りさせる間柄だ。
何かしらの面倒くさい事情があるのかと言われれば、
決してないとは言えないが、気づかない振りを続ける事は出来る。



門倉、南方と話をしている間に弥鱈が顔を出し、
そこで軽いイザコザが起き、
そんな光景を笑いながら見ていたような気がしている。
余りにもおぼろげで何一つはっきりと思い出せない。



酒を飲んだ程度で記憶を無くした事など、
これまで一度としてない。
どれだけ飲んだとしてもだ。



「…あんた、酒に何か入れた?」
「…」



一つずつ疑問点を潰し残った答えを思わず口にした。
そんな事はあり得ない。あってはならない。
決して、あってはならないはずだ。



「入れたよ」
「…!!!」
「よく気づいたね」
「何で」



だったか、どうして、だったか。
反射的に口をついた言葉はそんなもので、
到底納得出来る返事を貰えそうでない。



ベッドから緩々と起き上がった真鍋は普段通り、
不躾な眼差しを向ける。
酷く落ち着き払った様子で。



「何でって…お前に興味があったからかな」
「え?」
「こういう関係に手っ取り早くなりたくてね」
「あんた」




最悪。腹の底が冷え、吐き気さえ催す。
こんな幼稚な手段に引っかかる自身にも吐き気がするし、
そんな手を躊躇なく使ったこの男にもだ。
普段ならば決して引っかからないはずで、
気を抜いていたのだと激しい後悔をした。
あんな組織で信頼に値するものがあるのか。
それは、



「門倉立会人」
「!」
「彼とは関係、あるの?」
「…ないわ」



この男の目的は何だ。
何故こんな真似を。



「昨日、捜してたよ」
「…」
「まぁ、君がそう言うんなら、何もないんだろうけど」



この部屋には真鍋同様、白々しい雰囲気が漂っている。
シーツで身をくるんだ
自身の服でさえどこにあるのか分からない有様だ。
この、まるで記憶のない一晩に一体何が起こった。



取りあえず洋服を探したいが、真鍋から視線を外す事も出来ない。
そうしていれば、徐に真鍋が起き上がった。
同様、素っ裸だ。



「…何」
「シャワーをね…浴びようかと」
「…」


シャワールームに行くには、
の横を抜けなければならない。
何か言いたかったが上手く言葉も出てこなかった為、
黙って道をあけた。
刹那。
真鍋の腕が背後から伸び抱きすくめられる。
息が止まった。
微かな吐息が耳から首筋にかかる。



「…と、思ったんだけど」
「…」
「覚えてないって、酷いよね」



意識がなかった方がまだマシだったのかも知れない。
この男はという人間をよく知っていたのだ。
この場で騒ぐような真似はしないという事も、
自分の立場を明白にしたがるという事も。
そうして、



「ちょっと…!」
「どうして」
「いや、何か」
「だって、断る理由なんてないだろ」



決して弱みを見せたがらない事も知っていた。
こんな局面に瀕し、今更取り繕うのは無理だ。
選べる手段はただ一つ、何事もなかったフリをする。
こんな事は特に珍しくもなく、騒ぎ立てる必要もない。
大事なものを守る為、自身を犠牲にするのだ。
その道を選ぶ人間は多い。
別にだけではない。



「…あんた、最低ね」
「知ってる」



他に術がないと知り、がため息を吐き出した。
ため息と共に身体に巻かれていたシーツも床に落ち、
結果、裸の二人がもつれ合う事となった。
真鍋の掌は大きく、身体を滑るように撫でる。
この愛撫を受けたのは二度目なのだろうか。
唇さえ覚えていないのに。



目的のないセックスは辛く、それでも感覚は間違わない。
そんな自分の身体にほとほと嫌気がさす。
まるでポーズのように交わすセックスに心当たりはあるが、
何故この男と交わしているのか、それだけが分からなかった。










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が戻って来たのは昼過ぎで、
彼女は大きな音を立てながらドアを閉めた。
リビングで南方と話をしていた門倉が声をかける間もなく、だ。
昨晩、いつの間にかあの場から姿を消していた理由を
聞こうと思ったが聞けず、何となく不穏な空気を感じた。



このを賭朗に引き入れた責任がある。
とある現場でを見かけ、
その手腕に感嘆し能輪に推薦したのは門倉だ。
能輪の了承を得、居所が安定しないを探し、
どうにか成約に至った。



彼女は多くを語らないが、どうやら追われているようで、
それも含め引き入れたはずだ。
そうでもなければ自室を貸し出したりしない。



それにという人間は、感情の起伏は激しくない性質だ。
冷静さを欠けば命を落とすような世界に生きていた為、
怒りさえも押し留める。
そんな女が何故。



「…何かあったのかな?」
「…」
「俺、探ってこようか」
「いや、まだいい」



何故か異様に気を遣う南方を制しながら様子を伺う事にする。
が自室の扉を強く閉め、バスルームへ向かった。
ざわつく。心がとても。
いや、邪推は止めよう。
とりあえず今のところは。



ため息を吐きながら視線を戻せば、
南方が引く位、動揺しているもので、逆に驚いた。











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頭からぬるい水を浴び、目を閉じる。
全身がとても気怠く、その事に嫌悪感を隠せない。
あの時、他の手を選ぶ事が出来なかった己が許せないのだ。



薬を盛られ、酔い潰された事も、
目覚めた今日断り切れずセックスした事も、
何もかもが許せず遣り切れない。
セックス一つに意味があるとも思ってはいないし、
特別な事は何もない。



ただ、そのやり口だ。
まったく警戒していなかった間抜けな己と、
これまで一切意識していなかったにも関わらず、
横からすっと出て来て騙し打ちを仕掛けてきた真鍋。
悔しすぎて涙が零れる。
悲しんでいると思われたくなく、
あの場では決して泣かなかったが、相当悔しいのだ。
心を汚された悔しさ。



あの男は、知っていた。
と門倉の曖昧な関係を知っていた。
暗に脅迫を受けたようなものだ。
この事を門倉が知ったらどうなるのかな。
言葉にはしないが、あれはそういう事だった。



大事なものを知られると利用される。
どんな場面でも。
大事なものを作ってしまった事も、
それを知られてしまった事も、
失う事を恐れてしまった事も、全てが想定外だ。



嗚咽を噛み殺すように水量を上げる。
肌に痛い程の水量でシャワーはに降り注ぎ、
まるでとりあえずの禊のようだと思えた。








とりあえず先に謝っておきますが、
匠さん本当すいませんでした
少なくとも前職警察なのに。。。
いやもう本当に単なる言い訳なんですけど、
目的のために手段選ばなさそうな人を探してたら
何ていうか、、、長かな、って。。。

南方と雄大くんは好きで書いてます
私の書く雄大くんの普通の人っぷりは
他の追随を許さない(他が酷すぎる)

2015/10/08