いっそ死なせて


海賊-シャンクス




ぼんやりと暴れる彼女を見ているだけで、
正直なところ諌める術は持たなかった。
あの男を知らなければ、エースを知らなければよかったと
(きっと錯乱でもしているんだろう)叫びながら牢の中で一人暴れる彼女は、
自身が置かれた立場も分からず、只闇雲に痛みを紛らわせようとしているのだ。
吐き出せるだけ吐き出せばいいと思い、
せめてもの慰みで拘束はしないでおいた。


身動き一つ取れないように拘束する事も出来たが、
そんな真似をしてしまえば死んでしまうかも知れない、
だなんて無駄な心配をしてみたわけだ。


お前は所詮、その程度の人間なんだと嘲笑っている。
しかし、そんなものは胸中でだけ思えばいいのだ。だから口には出さない。
火に油を注ぐようなものだからだ。
きっと自身、術がない事に気づいている。
どうにもやりようのない感情に戸惑っている。
分かっている、そんなものは全て分かっている。


皆、似たような事を経験し、それを乗り越え海を渡っていく。
だから、は乗り越えられないかも知れないと思っていた。


「まぁだ、気はすまねぇか、
「うるさい!!」
「よくもまぁ、そんなに怒り続けるもんだ」


呆れたようにそう呟き、牢の錠を開けた。


「そもそも、あんたは何なのよ。どうしてあたしを死なせてくれなかったの」
「お前にゃ、死ぬ理由が一つもねぇだろう」


嘘だと知っていた。そんな言葉は嘘だ。


「やめて、もう本当にやめて。あたしに触らないでシャンクス。もう二度とあたしに触れないで。あたしをここから出さないんなら、あんたが出て行って」
「…随分、冷てぇな。


あの場所で全てを目の当たりにしたはずなのに、
どうして彼女は認めきれないでいるのだろう。
戦争を制したシャンクスを、
まるで空洞のような眼差しで見上げていたではないか。
海兵の死体を山積みにして。


弟を守り、身に穴を開けたエースに腕一つ伸ばせず、
彼の身を抱く事も出来ず無力に苛まれ、そうして見上げていたではないか。
全て悟ったのではないのか。
己の無力さも、現実の恐ろしさも何もかも全てが視覚から侵入し、
脳の一つでも揺らしたはずなのに。


「そうやって憎めばいい、お前は」
「触らないで!!」
「何もかも全部を恨んで、憎んで。長く生きてりゃそんな時期もあるさ、そりゃあ。気が済むまで暴れて、疲れたら眠って。いいじゃねぇか。お前の好きにすりゃあいい」
「…!!」


の眼差しが酷く歪み、もうじきで涙が零れ落ちる。
慰めなんて無様な真似だけは決してしないし、出来れば何もしたくない。
只、暴れる彼女をじっと見守り、蓄積されゆく憎しみなんてものの量を測った。
憎み続ければ嘘でも心は救われている。
受け止めきれない傷からは救われている。


「受け止めろなんて言わねぇが、荒れるお前を見るのは辛ぇんだ、俺は」
「…やめて」
「愛情なんて、くれてやるほど持ち合わせちゃいねぇが、俺ァお前を愛してるぜ。今も昔も、ずっと愛してる」


だから辛いんだろうな。
ポツリと呟いたシャンクスはそのままの腕を掴み、抱き締めた。
辛い気持ちなんて今が初めてじゃなく、
それこそと遭遇した時から抱いている。
エースと共に顔を見せた時からずっとだ。


当初は何とまあ可愛らしい女を捕まえたもんだな、そう思い傍観に徹した。
良くも悪くも普通の女だったは、
見る見るうちに染まっていきはしたが、それもどうなのかと思っていた。
分かっていないのだろうと思っていたのだ。


こいつは何も分かっちゃいない。
海賊がどんなものなのか、海賊の女になるという事が果たしてどういう事なのか。
端的に目前の幸せばかりに目を取られ、まるで何も分かっちゃいないと思った。


「誰かを愛するってのは、随分怖ぇもんだ。失うリスクくらい、分かってただろ」
「…なら、どうしてあんたはあたしをここに閉じ込めるのよ」
「…うん?」


抱き締めた先から、彼女は正気に戻るもので、
調子付いて耳障りのいい言葉ばかり口走っていた自身が笑えた。
一度目は正気を失っていた際に、次は半ば無理矢理に。
何だかんだと後付の理由を付け、その身を頂いていたが今回はどうだろう。


「いや、だから言ったじゃねぇか。愛してるって。俺がお前を死なせなかった理由も、こんな所に閉じ込める理由も、こうして抱き締める理由も、その一言で説明出来るだろ」
「焦ったら、早口になるのね。シャンクス」
「…違えた振りは、よくねぇな。


だから女って生き物は面倒なんだと嘯き、身体を押した。
こちらをじっと見据えたままのがバランスを崩し、よろける。
まるで、あの時のフラッシュバック。
呆然と見上げる目か、こうして見据える目か。違いはそれくらいだ。


まぁ、だけど。お前も海賊の女になって、
結局は一端の海賊になっちまったんだから、
これが一体どういう事なのかは分かってるんだろ。


「…海賊の義理だとか、恩義だとか、そんなのは理解出来ないわ」
「だろうな」
「あんたが親父やエースに対して、義理立てをしたのもあたしには納得が出来ない。面子を立てたのも全然理解出来ない。全部を見届けて、あんたが出て来た時、海賊がどういうものなのか、どんな生き方をする生き物なのかがようやく理解出来たけど、あたしには到底納得が出来なかった」
「…お前にゃ、海賊は向いてねぇのさ、
「だからあたしは、エースのお墓も見てない。あんたが、ここに閉じ込めたから!!」
「どうせ又、錯乱するのがオチだろう?どの道受け止めきれねぇんだ、こうやってここで狂っていく方がまだいい。マシだ。人目に晒されるよりは」


二人の死に様を無駄にするつもりなのかと叱責し、
涙を落とす彼女を見下ろす。
とても海賊には相応しくない思考と、女としては離し難いエゴイズム。
その双方が交錯し、わざわざこんな檻を作らせた。


エースと共に行動をし始めたの名は新世界に轟いた。
火拳のエース、その女。白ひげ海賊団のクルー。
互いが互いを蹴落とし名を上げたがる世界で、
名が売れれば余計なしがらみは付いて回る。
少なくとも一人になったを放って置く輩は多くないだろう。
仲間くらいのものだ。


の姿が消え、マルコ辺りは不審がっているだろうが、
今のところまだ連絡はない。
白ひげが消えた後の始末で立て込んでいるはずだ。


「ヤメテよ!!こんな、こんなのが正しい海賊の姿なら、あたしは」
「後悔するくれぇなら、ハナからお前は海賊になんてならなきゃよかったんだ。俺達は、手前のケジメは手前でつける。お前も、海賊の端くれなら生き方にケジメをつけろ。少なくともエースは、そうしただろ」


あんな生き方で、あんな仕舞いを迎えても後悔一つしちゃいねぇ。
あいつは全てを受け入れた。
未練の一つや二つあったかも知れねぇが、
生き様自体を恥じてはいなかったはずだぜ。今の、お前みたいには。


そう、だから恐ろしかったのだ。
エースのくれる愛情は最初から最後まで恐ろしかった。
何一つ保険をかけない生き方をしている男だったから、
思うままに生きていた男だったから―――――


「お前が選んだ男じゃねぇか、あいつの生き方を受け止めて、喜んでやれよ、
「こんな結末も、エースは受け入れるっていうの、あんた」
「何も俺が特別なわけじゃねぇ、こんなのは、よくある話さ」
「そんな事言いながら、こんな真似なんて」


ふざけてる。
二つが一つになれば、取り残された方は途方に暮れる。
寄り添う比率が高ければ尚更だ。
まるで一心同体、磁石のように惹かれ合った二人ならば
結果は火を見るより明らかで、
この世界にたった一人取り残されたような孤独感に苛まれるだろう。


孤独は身を滅ぼす。
甘い夢を一度でも見たのなら絶対に抜け出す事が出来ない。
だから、こんなにも卑怯な手で迫る腕から逃げる事が出来ないでいる。


だけどな、
こんな手を使ってくる輩は、それこそ大海原には腐るほどいるんだぜ。


「何れにしても俺ァお前を気に入ってる。悪意はねぇさ」
「…」
「これに理由なんてねぇんだ。お前は何もしなくていい。そのまま、されるがままになってりゃあいい」
「っ、あ」


首筋にきつく吸い付き、そのまま甘噛んだ。
が苦しそうに息を漏らす。
地面に這ったは涙の後さえ隠さず、四肢さえそのまま放り出した。


そう。それでいい。
眼差しは何も映さず、頭の中では未だ理解も納得も出来ていない
件の事件を考えていればいい。
胸の谷間、心臓の部分に耳を当てれば鼓動が聞こえた。
高鳴りもせず、一定のリズムを刻む。


夢にも出て来ないのよ。
涙声のが呟いた。
手の甲を額に当て、きっと彼女は泣いている。
怒りの後に押し寄せる悲しみは果てない。
それを恐れ、怒っていたのだろう。
逃れる事は出来ないと知りながら、それでも。


だから少しでも和らぐように彼女の身を弄る。
強い感覚に押し潰され、悲しみさえ忘れてしまえるように。
片手しかない煩わしささえ忘れ、服を捲り鳥肌立った乳房に口付けた。
似たような悲しみを抱いた女は星の数ほどいるはずだ。
そんな悲しみを抱かせ、それでも奔放に行き死んだ男達も星の数ほどいる。
たまたま自分は死なずに生きているが、大差はないと思った。


間隔の乏しい肌を滑り、硬く尖った乳首に吸い付けば、
の身体が反応を示した。
彼女の掌がシャンクスの髪を弄り、それでも身は捩らない。
諦めたのか、諦めていたのか。


「っ、ん」


どうにか乗り越えろだなんて、
そんなにも無責任な言葉は流石にかける事が出来ない。
あいつの為にもお前は幸せな人生を歩めだなんて、
そんな言葉だけは決して。


長い月日をかけ、は自身で納得のいく答えを見つけるしかないのだ。
だから愛情さえ偽り、これまでと同じ生き方を、やり方を選んだ。
この弱い女を生かす為に。


シャンクスの下で縮こまるはまだこの海の残酷さを知らない。
お前はこれから一人で、一体どうやって生きていくつもりなんだ。
余計な心配は決して彼女に届かず、虚しさを抱くだろうと分かってはいた。
だから、まずここで傷をつける。
あわよくば治す事が出来るように、どうにか痛みになれるように。


「っ、痛、ぁ」
「気がねぇんだ。そりゃあ、濡れねぇさ」
「あっ、あ、あ…!」
「痛いのが嫌なら、順応するしかねぇ。お前の頭じゃなくて、身体が慣れればいい。自分でどうにかするんだ」
「シャン、ク、ス―――――!」


無理矢理に侵入した。の胸に片腕を置いたまま。
彼女の腕が爪を立てる。身を捩り逃げようとする。
胸から肩に腕を伸ばし、逃げる事が出来ないよう、身体を固定した。
腹部に力が入り、中々動かす事が出来ない。


「力を抜け、だから痛ぇんだ」
「っ、う…あ」


腰を沈め、どうにか最後まで性器を入れ込む。
一拍置き、指先を唾液で濡らした。
肩で息をするは目をきつく閉じ、未だ痛みと戦っている。


この、誰とでも出来る似たような戯れを
知らなければよかったと思っているだろうか。
たっぷりと唾液をつけた指先をクリトリスにあてれば、身体が震えた。
少しだけの逃げ道を与える。
まあ、それはにとっても、自身にとっても。


「ヤダ、嫌、あ」
「嫌、じゃねぇ。いいんだ、これで」
「あっ、あ、嫌、あ」
「いいんだよ、。これでいいんだ」


徐々に奥の方から溢れ出る体液を感じ、
緩々と腰を動かし始めれば戸惑ったの眼差しが目に入る。
この困惑が暫くの間続けばいいが、こんなものは所詮一時の迷いだ。
じきに醒め、次にがどうするかは分からない。


反応を伺いながら、クリトリスをこすり続けていればの吐息は熱を帯びる。
この世界にたった一人取り残された女をどうにか縛りつけ、
まだそちらには行かせないと、胸の奥で呟いた。














泥のように眠るの傍ら、
彼女の寝顔を見つめていれば所用でベンが顔を出した。
相変わらずの光景だなと呟き、に毛布をかける。
疲れちまったとシャンクスが笑えば、そんなものは自業自得だと返された。


「他の輩にやられるよりは、随分マシだろうが。何もお前が被る事はなかったんじゃないか、なぁ」
「他に誰かいるか?俺以外の他に。俺ァ、こいつを気に入ってたからな、役得なんだよ、役得」
「確かに行為自体は役得だろうが、よくねぇ。損な役回りだ」
「そうかも知れねぇな」


眠るは夢を見ているのだろうか。
目尻から一筋の涙が零れ落ち、一本の線を造った。
エースが出て来たのかとも思ったが、どちらがいいのか選ぶ事が出来ず、
まるでの心の中宜しく散らかった辺りを見回した。


クソほど長い話にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
エースのお墓が本誌に掲載されたという事実を受け、
いい加減受け止めようと思い、書き始めた話だったんですが、
まあ終わらない終わらない。
そして後味も悪ければ何なら話全体が最悪に酷い、という…。
エースの身に起こった展開を私なりに解釈した結果ですので、
マジ好き勝手に書いてしまった。シャンクスごめん。
この話で、私の中の一連の展開は終幕を迎えます。まあ、勝手に。
唐突に錯乱とかしちゃって、お見苦しい点ばかりの馬鹿な管理人ですが、
皆様のご尽力のおかげで(勝手に)落ち着けたみたいです。
これまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
そして、ありがとう、エース。
2010/07/08