本当は何も無かった。


海賊-マルコ




まったくもって詰まらない真似をしていると分かってはいた。
酷く詰まらない真似だ。
だから、いい加減終わりにしようと思ってしまった。
いや、多少なりとも疲れてしまったのかも知れない。


同じ事の繰り返しは非常に徒労が募る。
を手に入れたかったのに、
彼女は悠々とこの手をすり抜け、広い海に逃げ出した。


生活の中心にある戦いのすぐ側に彼女はいた。
随分、長い間この海で暮らしてきたが、環境だけが変わり、
二人はちっとも変わらなかった。只、生きている。
命の価値が酷く軽いこの世界で、性懲りも無く生き永らえている。
こちらは別途の理由があったとしてもだ。


「…そんな顔もあったのね」
「…あぁ」
「他の奴にも見せたらいいわ」


もっともてるわよ。
は呟き、笑った。低く、自嘲気味にだ。
まるで鏡を見ているようだと思え、非常に気持ちが悪いと思う。


自分の隠しておきたい部分を曝け出し生きているのがだ。
恥ずべき部分を誇らしげに掲げる。
だから、こんな世界でものうのうと生きていられるわけだ。


「結局、あんたも他の奴等と同じなのよ。いい加減、認めたらどうなの」
「俺ァ、お前に指図一つしねェだろぃ」
「口ではね。でも、そんなんじゃない。あんたは言葉よりも性質の悪いやり方をする」
「一緒にいてくれと、願っただけだろぃ」
「…」


今度は呆れたように笑った。信じていないという事だ。
この指先から逃げていく寸前の香りがする。
いや、もう終わらせなければならない。
こんな思いを繰り返すのはごめんだ。
壁に背をついたが笑顔を失くした。
僅かに開いた唇が何かを象ろうとしている。


「あんたと一緒に過ごすなんて、そんなのはごめんだわ」
「どうして」
「逃げられなくなる」


どこに、そうして誰の元に逃げるんだと、
これまで何度も問うた疑問を噛み砕いた。
ここは最終局面を迎える小部屋だ。
恐らくも似たような思いを抱いていた。
だから逃げ回っていた彼女もこうして同室に足を運んだ。
潮時だと互いに感じていたのだ。


が来る一時間ほど前からこの部屋に辿り着き、そうして彼女を待っていた。
ぼんやりと暗闇を眺め、がドアを開くその時を待ち焦がれていた。
どういう表情でこちらを見つめるだろうか。
待ち続ける内に本当は気づいていた事実を得てしまう。
得た後のご登場だ。昂ぶりは止められない。


「こんな事したって、何も変わらないわ」
「知ってる」
「あんたが欲しがってる、奇跡なんて起きやしない」
「分かってるよぃ」


違う形の刺青で彩られた肌に手を伸ばし、後戻りの出来ない道を選ぶ。
の指先が頬を掻き、
むず痒いような痛みが一瞬だけ湧いたが気にも留めない。


身体を押し付け合い、唇に噛み付いた。
彼女の指が頬から首に落ちる。
細い指が頚動脈を閉める前に掴み動きを封じた。
こんな、劇的な行動を起こしたところでやはり奇跡は起こらず、
の心も動かないだろう。
どうして、こんなやり方しか残らなかった。


「…っ、あ!」
「動くなよぃ」
「は、なして」


詰まらない夢を抱いていたのだ。と一緒に時を刻む夢を。
時を分かち合い、ずっと昔に垣間見た奇跡を再演する。
この小部屋には何も無い。冷えた床に転がり、ようやくの動きを封じた。
これまでの全てをぶち壊すような戯れのスタートだ。
特別な事をやるわけではない。無論、初めてでもないはずだ。
これまでに幾度と無く、見知らぬ相手と交わしているはず。
現場とまではいかずとも、きっかけは腐るほど目にしてきた。気が、狂うほどに。


「どうしたのよ、マルコ。こんな、突然」
「…黙ってろぃ」
「三年前ならよかったのにね」


もう遅いわよと嘲る彼女の言葉は真理だろうか。
既に遅いという事は分かっている。幾度も心を殺された。
それなのに抗わず、甘んじて受け入れていた。馬鹿な真似をしていたのだ。


「そんな事ァ、とっくに分かってるよぃ」
「…」
「全部が全部、嫌になっちまったんだよぃ。俺ァ」
「何よそれ。あたしが、って事かしら」
「あァ。…そうだよぃ!!」


いつまで待ってもはこちらの腕を掴まず、振り返る事すらなかった。
ずっと背を見送る立場から動く事も出来ず、
そうしていれば何を欲しているのかさえ分からなくなる。
身体なのか心なのか、果たしてその両方なのか。
最終的に落ち着いた答えは、という女。理由なんてなくなった。


「あんただけはあたしを傷つけないって思ってたのに」
「そりゃ、随分楽観的だな」
「馬鹿にしてたのよ」


あんたはあたしに何も出来ないってね。
胸元に喰らいつききつく吸い上げれば、彼女の胸が震える。
これまでずっと口を開けて、こちらを待ち構えていた罠に今更ながら飛び込んだ。
甘っちょろい愛なんて言葉がを象れないと分かっている。
本当はどこかで、どこか心の奥底でこちらを思っているだなんて願えるわけもない。


本当は何れ、死ぬ直前でもいい。
いつか、一緒になれるという確信が欲しかっただけだ。
それまではどこで誰と何をしていようが構わない。
只、最後は自分の元に戻り、それまでの全てを忘れ暮らせればと。
無駄な、間抜けな願いだ。


誰かがの事を『獣と同等』だと言っていた。
己の欲望をそのままに、恥も外聞も無く身体を晒し生きていると。
そんなものは、俺もお前も、同じだ。


「いっ、たい…!何」
「お前みてェな女を、後生待ってるなんざ、間抜けな真似だよぃ」
「そうね」


こんなに暗い部屋であたしを待ってるなんて、本当に馬鹿な真似よね。
の肌は鳥肌立っており、指先を滑らせても特に反応なんて返ってこず、
こんな女相手に強姦なんて真似をしても意味がないと知っている。


無理矢理に犯したところで何にも傷なんて残らず、
下手をしたらこちらに耐え難い傷が残される可能性の方が高い。
この女をどれほど待っていたとしても同じなのに、
どうして僅かに残された奇跡なんてものに目を奪われたのか。


他所の印が目に付き、皮ごと剥いでしまいたい衝動に駆られる。
彼女の肌に傷が残り、肉と骨が露見しても構わない。
奇跡なんて起きない小部屋で、勝手に身を弄っていれば、
腑抜けてるんじゃないわよと耳側で囁くが、
未だ全立出来ていないマルコの性器を、きつく掴んだ。


別にエロくはないんですが、
マルコがあんまりだろうという事で
URA行きになった話です。
うん、マルコ、あんまりだよね。

2010/11/03