共に在る事を約束したあなたは逝ってしまった
この世界がくそったれだという事は、生まれた時から知っていた。
ドラッグの蔓延したジャンキーだらけの路地裏、
まるで日の射さない湿った小部屋の記憶が最も古い記憶だ。
母親であろう女は痩せた身体を床に横たえ、苦しみながら死んだ。
重度の薬物中毒だった。
父親は見た事がない。
母親が死んだのが5歳くらいの事であり、
それから杉元は、スラムの中を一人で生きてきた。
周囲の大人は優しくもなく厳しくもなく、
どうやら一様に杉元の事が見えていないようで、
其々が自分だけで精いっぱいなのだ。
それも無理のない話だと今なら思える。
食い物を盗み、立ち並ぶ廃墟で寝起きしする。
否応なしの暴力に晒される危険性は常に付きまとい、
この世の残酷さが骨身に染みた時期だ。
幼いながらに心は荒む。
貧困は暴力を生む。
同じような年齢の子供が死んでいる姿もよく目にしていた。
そんなある日、子猫の鳴き声のような、か細く高い声が聞こえた。
路地裏で猫が子を産んでいる事は多々あり、
その子猫が虐待の対象になる事も侭ある。
弱く嬲られている自身と重なり、見捨てる事が出来ない。
声のした辺りをうろつく。
男に襲われている子供がいた。
その男はこの界隈でも鼻つまみ者として名高く、
大人の世界ではつま弾きにされ、
故に自分よりも力の弱い子供に執着する生粋のクズ。
その男が今まさに目前で、子供を襲っている。
「…」
辺りを見回し、転がっていた鉄パイプを手に取る。
何故かまったく何とも思わず、興奮もせず、
酷く冷静だったように思う。
思い切り振りかぶり、男の頭に叩き付けた。
驚いた男が頭を抑えながら振り返る。
振返った顔面にも叩き付けた。
男の呻き声が聞こえたが、身体はまだ動く。
危険だ。
幾度も幾度も、執拗に叩き付けた。
男の顔面が赤黒く崩れ、ビクビクと全身が痙攣するまで幾度もだ。
ゴボゴボと口から血の泡を吐き出す男を見下ろし、
不思議と心がスッとした事を覚えている。
「…大丈夫かよ、お前」
「…」
ショック状態の娘は言葉が出ないようで、杉元を見上げていた。
「逃げるぞ」
そう言い手を差し出す。
呆けた娘はそれでもその手を取った。
握った小さな手の平は震えていた。
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杉元が助けた娘は、と名乗った。
襲われた恐怖なのか、
目前で人が殺された恐怖なのかははっきりしないが、
暫くの間震えていた彼女は、それでも逃げなかった。
杉元と同じく、帰る場所などないという事だ。
年齢は恐らく同じくらい。
色々と記憶がなかった。
それが恐怖せいなのかは分からない。
住みついている廃墟の小部屋にを住まわせ、
また相変わらず食料を盗む日々が始まる。
一人は淋しかったのだと思う。
も、杉元も。
子供二人が寄り添い過ごす時間は半年にも及んだ。
「…なぁ、。お前、覚えてるか」
「…」
「あのクソみたいな施設に引き取られる前の話」
その幸せな時間はたった半年しか続かなかった。
ある日、いつものように缶詰を盗んだ杉元は捕まってしまう。
見知らぬ大人たちは子供だけで過ごしている事を知り、
あの虐待の巣窟だった児童養護施設に二人を叩き込んだ。
「覚えてない」
「…」
「あの施設の事は今でも覚えてるけど」
あんたと出会った場所よね。
「…」
あの施設以前の記憶がにはないと、
その事を知り内心酷く動揺するが、
これが時間というものなのかと、妙に納得もしていた。
すっかり大人になった二人は今ここで、この部屋でようやく出会った。
なあ、。どうかな。
俺は随分大人になったかな。
より状況は悪くなったかい。
このふざけた街を離れ、これまでの間、随分な真似をしてきた。
何れ知れるかと覚悟はしていたが、
まさか警察組織に所属しているとは想定外だ。
全て知れている。
「…そうだな」
「ねえ、佐一。これからどうするつもりなの」
「約束を果たすのさ」
お前は覚えちゃいないんだろうが。
それは言わず腹の中に収める。
は延々と、逃げろだとか、拘束を外してくれだとか、
そういった言葉を吐き続けている。
まだちゃんと理解していないのだ。
自分が置かれた立場を。
これから先の未来を。
椅子に座りを見ていた杉元が徐に立ち上がる。
が口を閉じた。
沈黙。
その静寂を切り裂いたのは、無機質な着信音であり、
杉元がスマホを取り出す。
「…白石?」
「ヤベェ、杉元!俺、捕まる!!」
「相手は」
「警察ゥ!」
わかったと呟く前に通信は切れた。
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「おおーっとちょっとちょっと不当逮捕だろこれェ!」
「叩きゃ幾らでも余罪が出て来るだろーが」
「そもそも、後ろ暗いから逃げたんだろお前」
月島に腕を掴まれ連行されている白石は、
随分息が切れており汗だくだ。
杉元の契約した新しいアジトへ向かう最中、
急に警察から職務質問を受けた。
こんな治安の街で珍しいなと思いつつも、
新顔だからかと思いにこやかに挨拶をする。
調べられてもマズい物は(珍しく)持っていないし、
余裕で交わせると思ったのだが、
初っ端、相手の第一声が、まさかの白石だな。
次の瞬間には全速力で走り出していた。
そんな白石を追ったのが月島であり、
これが又、信じられないほど耐久力のある男で、
ちっとも疲れやがらない。
しかも、土地勘もあるもので、
明らかに不利な場所へ追い込まれていると途中で感じていたら、
前方から尾形のお出迎えというわけだ。
止まらなきゃ撃つぞ。
尾形はそう言い銃口を向ける。
両手を上げ降伏する他なかった。
「何なの!何なのよここの警察は」
「杉元はどこだ」
「知らねーよ!そんなの本人に聞けっての!」
白石由竹。
殺しや強盗などの重罪は一切ないのだが、
窃盗や詐欺を幼少期から繰り返してきた、生粋のロクデナシだ。
どの段階で杉元とつるみ出したのかははっきりしていないが、
今や杉元のパートナーとして認識されている。
「お前たちを見す見す受け入れるわけにもいかねェのよ」
「差別的だねェ…」
そわそわと落ち着きのない白石の正面に月島が座り、尋問を開始する。
「目的は何だ」
「…俺たちはいつだって世間の邪魔者、
お前らはいつだってセメントの賜」
「…あぁ?」
唐突なリリックを紡ぎ出した白石に室内の空気が一変。
月島の眉間に深い皺が刻まれる。
そんな場の空気などお構いなしに両手を使い、
下らない韻を踏み続ける。
「不当な扱い違法なガキの使い、
いつだってバカ臭い、明日に向かって玉砕」
身体の前で腕を組みドヤ顔でこちらを見る白石に対し、
とりあえず尾形も交じりダメ出しをする。
お前のそれは只の駄洒落じゃねェのか、
全然決まってねェから本当勘違いするなよ。
月島は相当腹が立ったらしい。
「おい、二度と下手くそな韻を踏むんじゃねェぞ」
「ぶっ殺すぞ」
「あーあー言論の自由もないのかよ、酷ェ話だぜ」
「完成度が低すぎるんだお前は」
「アンタ本当ひっどい事言うね」
杉元が目当てだという事は最初から分かっている。
只、こいつらは真実から酷く遠いところにいるだけだ。
そもそも、杉元の組織なんてものは存在しない。
あれは、あいつが、あいつだけが目立っているからそう映るだけだ。
杉元は杉元で、彼だけの目的の為に生きている。
じゃあお前は。
そう言われれば答えは一つだ。
「俺を叩いたって何も出て来ないからね」
「帰れねェぞ、お前」
「クゥーン」
「暫く泊まってくんだな」
時間はまだまだあるんだと吐き捨てた尾形を横目に、
留置所へ連れて行かれる白石は、どうしようかと考えながら歩く。
このままお泊りも悪くないし、
この程度の鍵なら余裕で逃げ出す事も出来る。
一応、杉元には警察に連行されている旨は伝えているのだし、
暫くバカンスでも悪くはない。
きょろきょろと辺りを見回しながら歩く白石は、
色んな雑談を耳にしているわけで、その中に気になる話を聞きつける。
と連絡が取れない。
あいつが無断欠勤なんて有り得ない、何かあったんじゃ。
女性の警官がヒソヒソと耳打ちし合っていた内容だ。
留置所には数人の先客がおり、新参者の白石に一瞥をくれる。
やっぱり速攻で逃げようと思った。
C韻を踏む白石(下手)
要素追加
韻を踏むの死ぬほど面倒くさかったです
白石の下手なリリックに切れる月島を
書きたかっただけです
2017/11/28
NEO HIMEISM
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klee