一　　宵　　譚

• 杉元があの街を出た後の出来事だ。
  あの雨の夜、乗り込んだ車は延々と杉元を運び去り、
  北の果てへと向かった。
  はっきりとした行先は告げられていなかったが、
  声をかけてきた男達の出自を考えれば容易く想像できる。
  
  
  数年前からパパ・キロランケと呼ばれるロシア系マフィアが台頭し、
  あの街にも大量のロシア系移民が流れ込んで来た。
  古参のギャング達は一様に殺気立ち、
  報復に次ぐ報復が繰り返され治安の悪化に繋がる。
  
  
  新たな薬物のルートも確立され、街はいよいよ終焉に近づいた。
  パパ・キロランケの潤沢な資金に狙いをつけ、中には寝返る輩も出てきた。
  
  
  じっくりと時間と金をかけ浸食していくその様は、
  見事としか言いようがなく、世界中で勢力を強めている組織の底力を知る。
  
  
  奴らは情報も握っていた。
  様々な地元のギャングから仲間になれと打診されていた杉元が、
  何故どの組織にも属さなかったのか。
  
  
  決して口を開かなかった杉元の元に、
  パパ・キロランケの手下が顔を出したのは、ほんの三日前の事だ。
  
  
  お前に逮捕状が出ているのだと、開口一番にそう言われた。
  目的は。
  杉元がそう聞けば、お前が欲しいのだと言われる。
  パパ・キロランケがお前を選んだのだとも言われた。
  腹の底がまるで透けないその言い分に、流石に信用は出来ない。
  
  
  無理だと告げれば、返す刀で
  この街を憎んでいるんだろうと返され動きを止めた。
  俺たちならこの街をどうとでもしてやるぜ。
  そうとも言われた。
  
  
  仲間になるわけじゃねェからなと前置きした杉元は、
  その誘いを了承し今に至る。
  
  
  あの街の奴らは、姿を消した杉元を裏切り者と断定しただろう。
  それはそれで構わない。
  必要な犠牲だったと判断する。
  
  
  あの街はクソだ。
  生まれ変わる余地はなく、救われるべきでもない。
  ずっとそう思っていた。
  
  
  
  「パパ・キロランケに会いに行くのか」
  「そうだ」
  
  
  
  ロシア系マフィアの団結力は強い。
  皆をファミリーと解釈し組織を運営する。
  
  
  こいつらはパパ・キロランケを慕い、パパ・キロランケの為に動く。
  その道理もまったく理解出来ない。
  だが、理解出来ないまでも共闘は出来るはずだ。
  
  
  あの街を葬り去れるのであれば、それが何よりなわけで、
  その為だけに故郷を捨てこんな北の外れまで来た。
  
  
  車は寒々しい風景の中を進み、とある豪邸の前に乗り付けた。
  一見してパパ・キロランケのものだとすぐに分かる佇まいだ。
  ドアを開け外に出る。
  冷たい北風が吹き荒ぶ寂れた町。
  
  
  大げさなほど豪華な門の前に女がいた。
  真黒なファーのジャケットを着た女だ。
  強めのキャットラインが目を引く。
  唇は滴る程赤かった。
  
  
  
  「お前が杉元佐一か」
  「…」
  「話は聞いてる」
  
  
  
  よろしくなと右手を差し出す女は。
  忘れもしない。だ。
  
  
  杉元を連れて来た男達はに向かい深々と首を垂れる。
  力関係としては明らかにこの女の方が上らしい。
  
  
  
  「パパ・キロランケがお待ちだ」
  
  
  
  はそう言うと屋敷へ向かう。
  彼女のつける香水が香った。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  中世の城を改装したその屋敷は広く、そうして静かだった。
  迷いなく進むの後姿を見ながら、杉元もついて行く。
  
  
  屋敷の奥の方にパパ・キロランケはいた。
  天井まであるような恐ろしく大きなドアを開け、中へ入る。
  中世と現代が入り混じった部屋が広がっていた。
  
  
  部屋の中心に置いてあるカウチソファに男はいた。
  酷く寛いだ様子で、両脇に立つSPの男達に話しかけている。
  
  
  
  「お連れしました」
  「おお！こっちへ来い、」
  
  
  
  男はチャコールグレイの、見るからに高そうなスーツを着ている。
  金が有り余っている証拠だ。
  話す度によく動く両手には貴金属が輝いており、
  ティアドロップのサングラスの奥で眼が鈍く光っていた。
  
  
  
  「お前が杉元か」
  「…」
  「お前が欲しかった。俺の為に働いてくれ」
  
  
  
  十二分な保証は約束する。
  パパ・キロランケはそう言い、右手を差し出す。
  
  
  
  「俺は別に仲間にはならないぜ」
  「構わんさ」
  「！」
  「そう感傷的でもないだろう？」
  
  
  
  利益を求めろ、この俺の求めるものを差し出せ。手段は問わない。
  お前のアイデンティティはお前だけのものだ。
  だから仲間にはならなくていい、
  いや、むしろ仲間にはなれないだろう。
  
  
  パパ・キロランケは言う。俺たちはファミリーだ。
  同じ血が流れ、同じ言葉を喋り同じ歌を歌う。
  
  
  
  「なあ、」
  「…」
  
  
  
  パパ・キロランケがを呼ぶ。
  彼女は何の躊躇もなくパパ・キロランケの側へ向かい、
  一切の機微もなく男の膝に座った。
  表情も一切変わらない。
  
  
  それが確か、最初の違和感だ。
  妙な場所へ来ちまった。そう思う。
  
  
  
  「お前は違うだろう」
  「そうだな」
  「それでいい」
  
  
  
  仲間になりたいだなんて言う奴らよりもよっぽど信用出来る。
  そう言ったパパ・キロランケの目は一切笑っておらず、
  これが違法な組織のボスなのかと改めて思った。
  
  
  その後、幾ばくか下らない会話をして面通しは恙なく終了する。
  住処を紹介すると言うに連れられ部屋を出る。
  
  
  あのバカでかいドアが開き、スーツ姿の男が入って来た。
  と一言、二言、会話をし、こちらへ一瞥を寄越す。
  
  
  ツーブロックのオールバック。
  底のない眼をした男だった。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  住処として紹介された古いアパートメントは、
  あの薄汚れた街を思い出させるような佇まいだった。
  このフロアを好きに使えばいい。
  はそう言った。
  
  
  話を聞けば、最上階はの住むフロアらしく、
  他のフロアにもとりあえず住んでいる人間がいるらしい。
  その都度紹介すると言われた。
  
  
  は面倒見のいい女だった。
  年は自分よりも少し上くらいか。
  道行く仲間達は一様に挨拶をするし、
  全ての仕事を一手に引き受け割り振る。
  
  
  パパ・キロランケはどうやら相手により与える仕事を分けているらしく、
  の仕事にドラッグの売買は含まれていなかった。
  
  
  ここで二つ目の違和感。
  あの、パパ・キロランケという男は相当に性質の悪い人間らしい。
  相手を操る術に長けている。
  
  
  簡単な暴力と金の回収を主に任され、
  パパ・キロランケの愛玩具として生きているというところか。
  にその自覚はあるのだろうか。
  
  
  奴らのいう、ファミリーも随分と歪な形をしていやがると呆れる。
  一歩外へ出て見るとこの寂れた町の概要が手に取るように分かる。
  
  
  ドラッグと売春、そして暴力。
  どこに行っても最下層の暮らしは一貫している。
  
  
  に任されない部分の仕事を
  請け負う奴らとも接触を果たした。
  
  
  ああ、あいつは。
  の事をそう嘲る。
  あ
  
  いつは体のいい売春婦だ。
  産まれはここじゃないぜ、聞いてないのか？
  あの見た目でパパ・キロランケがどこぞから引っ張って来たのさ。
  元々は砂漠の方で暮らしてたらしいぜ。
  
  
  ドラッグの流通を一手に引き受ける男はそう言いながら
  指先でこめかみをトントンと叩く。
  あれは、随分いかれてる。
  
  
  やられちまってるのさ。
  親愛なるパパ・キロランケにな。
  
  
  本質を知る男達は茶番を眺め哂う。
  別にが初めてというわけでもなく、
  同じような物語は短期的なスパンで幾度も繰り返されている。
  
  
  話を聞けば聞くほど哀れで情けなく、の事が嫌いだった。
  あの笑顔の裏に隠された本性は決して露呈せず、
  それでも容易に想像がつく。弱く哀れで滑稽。
  
  
  杉元にとってのはそんな生き物であり、
  徐々に男達と仕事をする率が高くなる。
  薬の売買は即金が入るし、女の売買も同じだ。
  利益率が上がる程パパ・キロランケは単純に喜ぶ。
  
  
  とはその日の売上を渡す時にだけ顔を合わせるようになった。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  そんな日々が半年ほど続いただろうか。
  同じアパートメントにいようとも、
  フロアが違えば早々顔を合わせる事はない。
  
  
  杉元は杉元で男達と遊ぶ時間が増え、それなりに日々を暮らしていた。
  パパ・キロランケの言葉に二言はなく、報酬は相当なもので、
  好きに使える金が爆発的に増えた。
  
  
  そんな折、一つ上のフロアの住人が戻って来た。
  飄々とした男で、微罪で放り込まれた刑務所から戻ったらしい。
  酷く人懐こい性質らしく、杉元の元へ挨拶に来たのだ。
  男は白石と名乗った。
  
  
  
  「お前かよ〜！パパ・キロランケのオキニってのは〜！噂の的だぜ〜！」
  「お前誰だよ」
  「俺？俺は白石！ここじゃ金庫破りの白石って
  　呼ばれているのかいないのか」
  「どっちだよ」
  
  
  
  まあまあいいじゃねェか小さい事は。
  何て言いながら白石はズケズケと杉元の部屋に入り込み、
  まるで我が物顔でコーヒーを淹れている。
  
  
  ドラッグ班の奴らがそろそろ出て来るぜと噂をしていた男だ。
  世代的には少し上、耳にした噂は
  酷くとりとめのないものばかりだったが、
  どちらかといえば寄りの立ち位置だ。
  
  
  よりも以前からこの町にいるらしいが、
  この男も出自は分からない。
  いや、この町にいるファミリー以外の人間は皆、
  出自は不明であり、気にする奴もいやしない。
  
  
  掃き溜めでなく、廃棄場。
  不要な者達がパパ・キロランケによりここに集められる。
  俺も、同じだ。
  
  
  
  「お前さァ、ドラッグ班と一緒にいるんだろ？」
  「あぁ」
  「やめろやめろ、割がよくねェよ」
  「！」
  「そもそもあいつらはパパ・キロランケのファミリーだからな。
  　俺たち外野がどんだけ首を突っ込もうがどうにもならねェよ。
  　もっと割のいい、稼げる仕事をやらねェと」
  「いい案があるのかい」
  「任せろ」
  
  
  
  これで俺とお前はパートナーだなと、
  白石はこちらを指さし笑った。
  
  
  
  
  
  
  

  �F突如始まった出奔後の杉元回想
  要素追加
  まさかの途中で主人公が変わるという
  謎展開なんですけど
  みんなついてきてるかなー？
  読み方はマジ自由なので、
  名前変換できる主人公が変わるという
  事だけ覚えといてください
  
  
  2017/12/18
  
  NEO HIMEISM