拙い愛の行為
物心ついた頃には、とっくにこんな有様で、
自身の境遇に疑問を抱いた例もなかった。
だって周囲は基本、同じような境遇だったし、
そう悪い環境ではなかったからだ。
いや、確かに他の、俗にいう治安の良い場所の奴らなら
御免被るってところだろうが、
掃き溜めに生まれ掃き溜めで死ぬ奴らにとっては余りにも通常営業。
親がいない子供同士で徒党を組み、そこらの廃墟で好きに暮らした。
今こうして、大人目線で物事を見れば、
あの頃の自分たちが置かれていた立場は
常識的でないし、余りにも劣悪だ。
だけれど当事者は、まったくそう思っていなかったわけで、
子供故のバカさで(あんな状況にも関わらず)
未来は常に光り輝いていたし、
半ば廃墟の街並みも過ごしやすく愉快な地元だった。
少し年上の子供たちが殴って来る事はあったが、
数人のリーダーがきちんと取りまとめ、
ああいう状況ながら不思議な社会性が存在していた。
まあ、数年後には薬物や銃が蔓延し、
リーダーたちは次々に逮捕され、
あっという間に修羅の国化したのだが、それはそれだ。
兎も角、白石にとって幼い頃の記憶は総じて楽しく、いいものだ。
今と比べる事はないが、たまに思い出す。
「お前、本当に地元キライだよなー」
「ああ」
「何でそんなにキライなんだよ」
「クソみたいな場所だからな」
「えぇー?でも、それって多分、大差ないぜ?」
共に仕事をし始めてからというもの、
この杉元と時間の共有をする事は否応なしに増えた。
特に何も考えず言葉を口に出す白石は、
それこそ無駄話を垂れ流すわけで、
最初はうざったそうに舌打ちをしていた杉元も、徐々に慣れたらしい。
思ったより話すようになった。
杉元の地元は杉元曰く、もう最悪の掃き溜めらしい。
あの手の奴らは地元を好むタイプが多いと思っていただけ意外だった。
それと同時によほどの場所なのかと、
大よその検討を付け探りを入れてみたが、
特に目につく個所はなかったわけで、
やはり自分たちと大差ない環境ではないのかと思う。
まあ、思いも過去も人それぞれだ。
今日も今日とて見知らぬ場所の見知った町へ乗り込む我々には
関係のない話だと自重する。
恐らく杉元は、その憎い地元を破壊する代替行為として、
こちらの提案を受け入れたのだと思う。
本人は決して認めないだろうが、恐らくそこは当たっている。
貧困を憎む貧困層出身は割と多い。
憎い余り、手段を選ばない。
「明日は早いんだぜ、寝ろよバカ」
「はぁい」
又、新しい掃き溜めを吸収するべく前乗りした二人は、
毎度の如く車中泊だ。先に横になった杉元を横目に、
何だか今夜は昔の夢を見そうだなと思いつつ目を閉じた。
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ねえ、そんな目で見ないでよ。
お願いよ。あたしをそんな目で見ないで。
彼女はそう言い泣き崩れた。
もう何度目になるのかも分からない。
いつものように、大丈夫だと、
何の根拠もなく言ってしまえばいいのだろうが、
もう心がそれを良しとしない。
何にもならない嘘は吐けない。
薬を止めたと泣くの側には、見慣れた結晶が散らばっていた。
お前、又やったのかよ。
言葉少なにそう言えば、
とっくにラリった彼女はやっていないと返すわけで、
この最悪な小部屋からどうにか逃げ出したく、閉め切られた窓を開けた。
一年ほど前にリーダー格が纏めて逮捕され、
この町はあっという間に混沌に落ちた。
このは、そのリーダー格の女であり、
あの頃は強く輝く女だったのだ。
それも男の不在で消えた。
淋しさに耐えかねた彼女は薬に嵌り、この体たらく振りだ。
あの頃、彼女の周囲に群がっていた人間はとっくに離れ、
この嫌気のさす小部屋で死にゆく。
そんな彼女に対し、唯一食料を届けているのが白石だ。
見捨てる事は出来なかった。
の状態は刻一刻と悪化の一途を辿り、
折角持ち合わせた食料は部屋の隅で腐り、
どこで入手しているのか新しい粗悪な薬が散らばるようになった。
白石と同じような思いで薬を差し入れている売人がいるのか、
疎ましく思い、はやく死んでくれと
薬を与える奴がいるのかは分からない。
だけれど、彼女は絶え間なく薬を手にしていた。
もう、無理矢理止めさせる事は出来ないと分かっている。
今、力づくで止めさせたところで、
彼女の身体は禁断症状に耐えうる事が出来ない。
ショック状態で死んでしまう。
打ち続けていてもそれは同じで、
すっかり弱り切った心臓は少しの衝撃にも耐えきれない。
骨と皮だけの哀れな姿を目にする事も辛く、途方に暮れた。
在りし日の彼女の姿が脳裏のこびり付き、どうにも出来ない。
幼いながら彼女に憧れていた。
「…」
当然、定職になど就いていない白石が
どうやって食料品を手に入れていたかといえば、盗みだ。
色んな店で盗みを繰り返し、足がつかないようにしてはいたのだが、
負の悪い時はどうしてもある。
捕まった白石はしきりにの名を叫んだが、
誰も耳を貸すものはいなかった。
数日の拘留が終わり、厳重注意で解放された足での元へ向かう。
この前はオーバードーズで痙攣を繰り返していたし、
その前は心肺停止状態だった。
「あれ?白石じゃね?」
「は」
「ああ、あの人なら」
死んだよ。
「…」
「お前が責任を感じる話じゃねぇ」
お前は随分、献身的に世話してた。
そう言う。
詳しく話を聞けば、丁度、白石が捕まった三日後だ。
彼女はこの部屋で、遺体で発見された。
骨と皮だけの、見るからにジャンキーといった様相でだ。
皆、口も手も出さなかったが、
白石が捕まった情報はその日の内に回っており、
半ば確信的に放置したわけだ。
だけれど、それを責める事は出来ない。
死ぬだろうと思い放置をし、三日後に訪れ、その死を確認した。
「…そっか、死んじゃったか」
「あぁ」
「そっかぁ…」
哀しいなぁと呟いた白石は、
不思議と涙も出ない自身に驚いたわけで、
やはりそれは知った哀しみだったからなのか、そんな事を考えていた。
こうなる事はずっと前から分かっていたわけで、
にとって最良の結末はきっとこれだ。
彼女の遺体はモルグに収容されているらしい。
当然、引き取り手はない。
だけがいなくなったこの小部屋は相変わらず汚く、気が滅入る。
もう一度、哀しいなぁと呟いた白石は、
小部屋に背を向け、二度と戻る事はなかった。
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「うわ、何?」
「お前、何で泣いてんだよ」
「えぇー?俺、泣いてるのー?」
目覚めれば顔が濡れており、その冷たさに驚く。
白石よりも先に起きていた杉元曰く、ずっと泣いていたらしい。
気持ちが悪いんだよと言われた。
「ヤダ恥ずかしい!」
「うるせぇ」
「こっち見んなよ杉元ぉー」
あの時、流れなかった涙は、今になりようやく溢れた。
袖で涙を拭きながら、不感症でもあるまいしと笑った。
ギャングスタ番外編です
今回は白石のターン
名前変換の意味が果たしてあったのか
甚だ疑問ではあります
なんか、死んだし、、、
そもそもジャンキーだし、、、
2018/02/02
NEO HIMEISM
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