哀しみの工程

雨の止まない夜だった。
逃げる男を追い、細路地を駆け抜ける。
足元は泥濘、至るところにゴミが打ち捨てられており、
相変わらず汚い街だと辟易とした。

この街の若者共がこぞって集うクラブの裏を抜け、
如何わしい女たちの並ぶ、所謂『たちんぼ通り』を過ぎる。
たちんぼ達が客を連れ込む安宿の薄暗い軒下を潜り、そこがゴールだ。

泥濘の中を転げまわる男は路地奥に佇むフェンスに手をかけ、
どうにかそれを上ろうともがくが手が滑り侭ならない。

それにしたってこの男の所為でびしょ濡れだ。
気に入りのスーツも台無しだし、濡れた髪が垂れてきて気持ちが悪い。
そういえば数日前に卸したての靴だった。最悪だ。

やめてくれだとか、助けてくれだとか、
確かそういった類の泣き言を喚いていたように思う。
この男は、何人かいる情報屋の一人だ。

こうなっている理由は他愛もなく、このバカがゆすりをかけてきたからだ。
身の程も知らずに。
引き金を引き踵を返す。

「…」

この街には底がない。どこまでも沈みゆく。
今しがた始末した情報屋と自分自身の差さえ分からない。

『たちんぼ通り』を抜け、繁華街の大通りを横切れば
本部ビルの大きな姿を目にする事が出来る。
この街の中心部にまるでランドマークの如く聳え立つそれ。

その影は果て無く大きく、街そのものを容易く飲み込む。
これ自体がこの街に息づく闇の根源だと知っていた。

大通りから外れた、この『たちんぼ通り』の道は
舗装もされておらず土がむき出しの為、水捌けが酷く悪い。

丁度こちらが男を殺した直後から雨足は勢いを増し、
客引きのたちんぼ達も姿を消した。
『たちんぼ通り』の入り口で、こうもり傘を差したは尾形に話しかけた。

「…また、殺したのね」
「！」
「尾形」
「あんたの為だ」

そう言えどもは顔色一つ変えず、無論何事も返さない。
雨に打たれ続ける尾形に傘を差し出すでもなく、
只、無表情のままこちらを見つめるだけで、
その、まるで人でないような顔が好きだった。

人でないような、心のないような、
あのガラス玉のような眼差しが特に好きで、その目に見つめられたいと願う。

心の奥底がざわつき、不快ともとれるような感触に冒される。
こんな思いを抱いたのは、このに会ってからだ。
産まれて初めての感触。
心の底からこの女が欲しいと思った。

それが恋だとはまさか夢にも思わず、だからといって愛とは思えなかった。
だって、愛って何だ。何だよ。
どういうものなのか想像もつかないし、別に知りたいとも思わない。
欲しくもない。別に、そんなものは。

だからこれは恋でも愛でもない。
この胸がざわめく、喉が渇き何を持ってしても潤す事が出来ない。
焼け付く劣情。ひたすらに欲しい、それだけの欲求。
只、あの女が欲しいというだけの、原始的な―――――

この、決して美しくはない劣情を抱いたままを見つめていれば、
がこちらに銃口を向けた。
やはりあの、美しい眼差しで、まるで石ころにでも向けるような、それ。

「…笑えるな」
「…」
「あんた、」

こんなに献身的な俺を始末しようってのか。
そいつは随分と舐められたもんだぜ。

雨に濡れ垂れた前髪をかき上げ笑った。

俺はあんたの為にこれだけ汚れたが、キレイなあんたはどうだい。
お前に人は殺せるのかい、なあ、。

人形のような彼女の表情に一瞬だが翳りが見えた。
その隙を狙い腕を伸ばす。
手首を掴み距離を一気に縮めた。

強張ったの顔を覗き込み、唇のすぐ側で囁く。
汚れる覚悟もない癖に。

そのまま銃を奪い、今度は尾形のターンだ。
近くに停めていたの車に向かい、後部座席に乗り込む。
雨は更に勢いを増した。

車体を叩き付ける雨粒で視界は完全に失われている。
後部座席で銃口を向けたままを押し倒した。

「…別にいいんだぜ、俺は」
「…」
「どうせあんたにゃ選ばれない」

あんたは俺を選ばない。何があっても。
そんな事は、とっくに分かっていた。
だったらいっそ―――――

その夜の事は誰も知らない。
尾形以外の誰も、でさえ今は。

だけれどあの瞬間の感触は何ものにも代えがたく、
肌から浸透し完全に脳を狂わせた。
何だかのせいで壊れた気がして、それさえも快感に変わる。

まるで人形のような彼女は確かに人形になった。
それだけの話だ。

ギャングスタ(番外編)です

尾形の過去篇ですねこれは…

最後の更新、去年の六月ですって

そんなもん、私も話覚えてないわ。。。

何故尾形がそんな真似をするのか、

という話の始まりのとこらへんです

2019/02/5

NEO HIMEISM

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