おいがお前を、そこまで言いかけた鯉登の唇を指先で塞いだ。
花の香のする細い指先だった。
廓好きなとある上官に連れられ初めて案内された遊女がで、
水揚げされたばかりだという彼女は少なからず緊張しているようだった。
水揚げされたばかりにしてはとうが経っているな、
なんて臆面もなく口にすれば、つい先日この廓に入ったばかりらしい。
曰く訳アリなのだろうが深くは聞かなかった。
そもそもこの廓というものが好きになれないし、
立場上女を買うわけにもいかない。
上官殿はその辺りも分かってわざとこちらを誘っているのだろうと、
その位の勘繰りは出来るつもりだ。
赤く狭いこの部屋でやる事といえば一つで、
四方八方から睦言の声が聞こえて来る。
ぎこちなくこちらを弄る女の手を制し、何もしなくていいと告げた。
は酷く驚き、何か不手際があったのかと狼狽えたが、
そうではないと続ける。
立場上女を買う事が望ましくないのだと伝え、
次に来た時は又お前を頼んでもいいかと続ける。
そうしておけば他言はしないだろうと考えたからだ。
は余り納得してはいない様子だったが首を縦に振った。
思った通り上官殿はそれからも幾度となく鯉登を廓へ誘った。
その度に彼女の元へ向かう。
回数が増えるにつれ、多少なりとも打ち解けた。
言葉少な目に話す内容を繋ぐと、
どうやら父親が事業に失敗し借金の肩に売り飛ばされたらしい。
未だそんな話があるのかと驚いた。
ここの暮らしは辛くないかと聞けば曖昧に笑う。
身こそ交わしていないが、これだけ顔を合わせているのだ。
情が移りだしている事に気づいていた。
立場上、決して添い遂げられない二人だ。先はない。
そうして吐き出した先程の妄言。
は困ったような、悲しそうな表情を浮かべこちらを見ている。
そんな、そんな顔をするな。
悲しませるつもりなんて、俺は。
「一度くらいわからん」
「いいえ」
「おいは、お前が」
周囲の喘ぎ声は相乗効果を発揮する。
ここで一度だけ、もう二度はなくていい。
この思いを。
何て浅はかな願いはとうに知れていて、
父上の使いがの元を訪れていた事を知る。
このような妨害もあると知り、見張りを付けていたらしい。
「私のような穢れた女は相応しくないわ」
「そげな事はなか」
「私は」
こんな人生でもあなたに出会えてよかったのだとは言う。
ここで話を聞いてくれる人はあなただけだったと、
誰かの役に立つ事が出来るのもあなただからだと。
こんな、身を切り売りし生きていくしかない私の為に心を痛ませないで。
俺がお前を助け出すという願いは容易くなく、叶わないと知っている。
それでも口を吐くのだ。
朝が来るまで抱いていてくれと呟いた鯉登は寝具に横になり、
訪れる事のない眠りを待ち詫びていた。
歩き始めた恋心
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第百九弾は鯉登音之進でした!
叶わぬ恋
2019/3/4