わたしを守り命を落とした柱を前に、身動き一つ取れずにいる。
刀を握る両腕は恐れ震え、吐く息さえ乱れ呼吸一つ使えない有様だ。


目前に立つ男はつい先刻まで鼓動を刻んでいた
我が柱の臓物を掬い舐め喰らっている。


逃げ出す事は叶わない。
圧倒的な速さを目に望みは全て奪われた。
だったらこの刃ではどうだ。
当然、まるで意味を為さないに違いない。


男がこちらを見た。虹色の目で。



「…おや?」
「…」
「俺はきみの事を知っているぜ」



こちらを見た男は徐に口を開き戯言を垂れ流す。



「昔みたいにヘラヘラ笑わなくなったんだねえ、今は随分恵まれた環境にいるようだ。
 よかった、よかった。俺は君の事を心配していたんだぜ」



パタリと閉じられた扇子を見た瞬間、閉ざしていた記憶が一気に蘇る。


幼い頃、両親に連れられ万世極楽教へ通っていた過去。
実の両親は幼い我が子を虐待していたが、
そこに連れて行く時だけは嘘のように優しかった。


毎日毎日、何故生まれてきたのだと殴り蹴り責め、
奴隷のようにこき使っていた彼らは、
折檻の度に教祖様に気に入られればもっと優しくしてやると囁いていた。


だから傷だらけの身体をひた隠し、
笑顔の他知らない阿呆のようにニコニコと笑っていた。


教祖様は優しかった。
記憶の中の両親等より、教団の人間の方が圧倒的に優しかった。


だからある日、教祖様の囁きに心が揺れた。
、君はここにいたいんじゃないのかな。
お家に帰りたくないんじゃあないのかな。



「彼らを殺してあげたのは俺だぜ、。どうだい。随分楽になったろう」



虹色の目がじっとこちらを覗き込む。
都合よく失われていた記憶は今、そこにある。


両親が急に消え、教団で暮らす事になった過去。
ある程度歳を取り、教団の世話役と共に町へ出た。
教祖様に挨拶をしたかったが、
夜中にこそこそとまるで逃げ出すように教団を抜け出したものでそれは叶わなかった。


世話役は多くを語らなかったが、こちらも聞かなかった。
学び舎へ行っている時に彼女は殺され、そのまま我が身は鬼殺隊に拾われた。
すぐ側で伏している柱の元に。



「お前を救ったのはこの俺だ。お前はそんな俺に刃を向けるのかい」
「教祖、様…」



これまで幾度となく死線を潜り抜けてきたのに、今が最も恐ろしい。
先程から刃はガタガタと震えている。


悲鳴を上げる事を覚えたのかい。
いい事だ。喜ばしいよ。


すぐそこに男はいる。
教祖と崇めたあの男が。




聞くに耐えない褒め言葉





拍手、ありがとうございました!
第百二十三弾は童磨でした!
世話役はこのままではよくないと判断し
主を連れ逃げ出したのですが、
童磨の放った雑魚鬼に殺されてしまいます
結果、この主は鬼化するでしょう

2019/12/09