散り行く世界に愛を籠めてキス



   あんたは何が欲しいの、とヴィルは言った。別にこちらは何も、欲しいものなど何もない。むしろ何もかもが欲しくなく何一つ持ちたくないのだ。


ぬるま湯につかったままの身体を背後から抱き締めるヴィルは延々と何事かを呟いているが、薬と酒で朦朧とした頭では理解出来ない。


この薬はここ最近芸能界で流行っている代物だ。魔法薬で出来た違法な薬。この世の何もかもを忘れる事が出来る奇跡の薬だ。


幼い頃からこの業界で生きて来た。忘れたい事だけで出来たこの身体をまるごと忘れてしまいたい。もうこの身体は完全に抜け殻で何一つ誰の役にも立たないというのに何故かヴィルはこうして理由を欲しがる。


こんなに、もう捨ててしまいなさいよ、ヴィル。
こんな、こんな身体。


酒と薬でやられた何にもならない身体だ。最近ではランウェイも上手く歩けない。指先も震え、予定の時間も守る事が出来ない有様だ。業界の中では『は終わった』と噂されている。



「…もう放って置いてよ」
「ダメよ」
「何も欲しくないの、何も」
「このままじゃアンタ、死んじゃうわ」
「死にたいのよ」
「許さない」



私の心を奪ったまま死ぬだなんて許せない。



「新進気鋭の売れっ子が近づいていい相手じゃないのよ」
「一緒にランウェイを歩きたいの」
「あんたの事務所もあたしを警戒してるわ」



今やどの事務所もこちらを警戒している。無理もない。名声は大きければ大きい程落差が目立つ。過去の栄光など跡形もない。薬が寿命を確実に縮めていると頭では分かっている。



「私を忘れて、ヴィル」
「無理よ」
「忘れて頂戴」



冷えた肩に口付けたヴィルはこの身を強く抱き締めるのだけれど、感覚さえ鈍り鼓動も伝わらない。骨と皮になってしまった長い手足を放り出したまま、只、水面だけを眺めていた。