天国で成就する恋



   私が間違っていたのだ。これまでもずっと私は間違っていて、正しい事なんて一つもした例がなかったように思う。


傑が悟に殺された事を知った私は気が触れてしまったらしい。前後不覚の状態に陥った。最後に傑と会ったのはで、彼は手負いながらも皆を逃がすように指示した。


どうしても傑と一緒にいたかったのだけれど、彼の足手まといになりたくなかった。断腸の思いで別れた。それが最後の別れになるとは思っていなかった。


気が触れたは術式を暴走させ、その対応にはミゲルがあたってくれたらしい。彼はが落ち着いて眠る事が出来る様に呪詛をかけた。強い催眠をかけ記憶を封印する。は自分の術式を完全にコントロール出来ていないので、確かにその方法が一番適切だったと思う。


次に目覚めたのは病院で、はここ数年の記憶を全て失っていた。傑の事も術式も、何もかもを忘れ一般の人間―――――傑の言う【猿】として生きて行く予定だった。


病院の敷地内を歩きながら新しい生活の話を受ける。自立支援団体の人間だという男に会ったのもその時で、にこにこと笑った顔の男はの前で不思議な事を言った。



『ああ、そんな子供の遊びのような術をかけられて。キミは記憶を取り戻すべきだ』
『だって、キミは私を愛していたのだからね』



次に覚醒した時には全てが終わっていて、医師や看護師たちの遺体の中には立っていた。両手は血塗れだし酷く疲れている。私がやったのだろう。すぐにそう察した。



「おはよう、。よく眠れたかい」
「すぐ…る?」
「キミの様な力は失われてはならない」



私の為に。そう言う男は明らかに傑の顔をしていて傑の気配がしない。傑はあの時死んだはずだ。悟が止めを刺し、確かに彼の呪力はこの世から消え失せた。あの瞬間の絶望感は未だに覚えている。



「どうした」
「…」
「私の手を取れよ、
「誰?」
「お前の愛した男だろ」



忘れるなよ、と目の前の男は言う。だから、私はこれまでもこれからもずっと間違った道を行く。一つとして正しい選択肢を選べず誤った答えに導かれる。本物の傑に一度として言われなかった言葉を容易く口にする男の手を取り絆されてしまう。


きっと私以外の全てがどうかしている。じっと見つめるを見て、そうだよ。傑のような男はそう言う。私とお前以外の全てがどうかしているのさ。


私は手を取り、そうして歩き出す。間違いには気づいている。この男が誰なのかは分からない。


それでも、私は傑のような男の側にいたいと思った。彼が決してくれなかった『愛している』を囁く偽物の側に。