どうぞ遭難してください



 お前そんな所で何をやってるんだ、と背後から急に声をかけられ驚いた。何せここは廃ビルの屋上であり、今しがた私は自殺をしようとしていたからだ。


夜まで待ったのは足元が吸い込まれるくらい暗くないと怖くて飛び降りれそうにもなかったからだったのだけれど、正直な所真っ暗であればある程恐ろしさは増した。どの道怖いというやつだ。


だからって今更心はおさまりがつかないし、明日を迎えるのは余りにも億劫でしゃがみ込んでいたところ、急に声をかけられた。


咄嗟に振り向けども誰もいない。えっ、心霊現象?逆に困るんですけど?死ぬ前に怖いとか無理なんだが?ひゅっと息を飲み心臓が冷えた。



「おい」
「!!!」
「何をしてる」



急に真横から声が聞こえ流石に悲鳴を上げた。まあまあ濁声のまったく可愛げのない悲鳴だった。一瞬冷えた心臓は破裂せんと動機を増している。地獄過ぎる。まだ死んでないのに。


急に声をかけて来た男は顔色の悪い男で髪を二つに縛っていた。いや、そっちこそこんな所で何を…。



「あら、あなた死のうとなさってたんですか」
「!!」
「お辛い事でも?」



更に反対側に追加で声が出ない。しかもお次はどう…どう言っていいのかもうよく分からないんだけれど何か凄く卑猥な格好をした男が一人。やけに物知り顔でこちらを覗き込んで来る。近い。



「し、」
「し?」
「死のうとしてました、けど、」
「けど?」



は怖くてやめました、と続けはああ、と長い溜息に変えた。怖くてやめたというよりも出来なくて、だけれど明日が来るのも怖い。四面楚歌だ。ていうかもうこの人達出来るだけ痛くない方法で私の事、殺してくれないかな。



「…何で死にたいんだ」
「えっ」
「あら、お兄様お優しい」
「お兄…?えっ?」
「お兄様が興味を持たれるなんて」
「…」
「早く仰って頂けます?」



お兄様、と呼ばれる男はこちらを見ているのかいないのか、興味がありそうにはまったく思えないのだけれど黙ってこちらの言葉を待っている。まあ、いいか。誰にも言えなかったけれどこんなに変わった人達相手であればトラブルにもならないだろう。そんな気持ちで説明した。


職場で不正の現場を目の当たりにしてしまった事、しかもそれがその場でバレた事。そのまま犯され動画を撮られた事。その罪を被らなければ動画をネット上に流出させると言われている事。それら全てが上司の仕業だと言う事。完全に詰んだ状態だ。当然、誰かに口外するなとも言われているし、その後も今日に至るまで幾度となく犯された。最悪だ。


訥々と話を続けていればお兄様がブルブルと震えだし焦った。えっ、何?バイブ機能とか搭載されてるの?お兄様大丈夫?



「…許せん」
「え?」
「俺の妹に何て事を…!」
「えっ、何?」
「お兄様?」



ヤバいヤバい、何か急に妹とか言い出したんだけどお兄様。そう思ったのは何もだけではなかったらしく、もう一人の奇怪な男も同じだったようだ。私の声を遮るように話しかける。



「…妹、ですか?お兄様」
「そうだ、壊相。こいつは俺達の妹だ」
「いや絶対違うでしょ」
「俺達が助けてあげなければ」
「お兄様…」



よくよく見ればお兄様は泣いていた。いや、何で。こちらの視線に気づけば怪我はないかと身体を揺さぶられ今死にそうですと返した。ちょっと待って何この展開。想定外過ぎるんですけど。



「…仕方ありませんね」
「そんな事なくない!?」
「血塗!」
「けち…ええっ!?」
「妹~」
「うわわわわわ」



血塗と呼ばれた何かでかいのが抱き着いて来て、私はお兄ちゃんと血塗に抱き着かれるという意味の分からない状態に陥ったわけで、ごめんごめん誰か話聞いてくれない?これ一体全体どういう状況なの?



「とりあえずお前の家に行こう」
「えっ?」
「そうですね、お兄様」
「お風呂お風呂~」
「あんた達、それが目的だったんじゃないの…?!」



別に今日死のうと思ってたから別にどうでもいいんだけどね。真っ先に思ったのはそんな事で、次に考えたのは部屋って片付けてたかな。そんな事だ。いや、大丈夫。遺体発見後に誰が来てもいいようにとバッチリ片付けている。


数分前にいきなり出来た兄弟を引き連れ廃ビルを出る。お兄ちゃんはずっと手を繋いでくれていた。