明日は琥珀



  帰ってよ、と事もなげに吐き出したはこちらを振り向かず、相変わらずだなと思え逆に嬉しかった。
 散々鳴らした携帯の着信数は二ケタを超え、それでも一切の折り返しなどなくこうして部屋までのこのことやって来た。すっかり寝付いた子供の世話を任せ、こそこそと部屋を抜け出し23区内にあるこのマンションまで呪霊に乗りひとっ飛びだ。
 上空から見下ろす東京の街は相変わらず雑多で好きになれない。猿共が右往左往と入り乱れ穢れた空気に包まれている。
 はオートロックを開けてはくれないだろうし、面倒なので直接ベランダからお邪魔する事にした。
 若しかして、どこぞの馬の骨を連れ込んでいるかも知れない。知った顔だったらどうしようか?それよりも下らない猿だったら?
 そんな下らない想像が浮かんでは消えたが、どうやらは夏油がベランダからお邪魔する事を見越していたらしい。ベランダに到着してすぐに前述の言葉を投げられた。ベランダの窓は鍵が開いていた。



「他に行く所がないんだ、優しくしてくれよ」
「自分でなくしたんでしょう?何を今更」
「ここ以外、ない」



 そう笑い背後から抱き締めようと腕を伸ばすも、はするりとすり抜ける。あたかもそれが最初から決められた一連の動きの様に極めて自然にだ。
 は照れない。多分こちらを意識さえしていない。別にそれは、今に始まった事じゃない。



「あんた変わったわよね」
「いい男になった?」
「厚かましくなった」
「心を許してるって事さ」
「勝手に」



 だからキミも心を許して、私に身を任せてよ。流れる様にそう続けてもはまあ嫌そうにこちらを見るだけで、いや、ここで初めてはこちらを見たのだけれど、やっぱり今日も脈はなさそうで安心する。
 こうして顔を出す事で心の安定を保っている。その事に気づかれたくはない。この気持ちは明け透けに伝えたいが先に進めたくはない。なくしたくないからだ。だってそうなるともう後に引けなくなる。今の関係ではいられなくなる―――――



「何考えてるの」
「えっ?」
「凄く怖い顔してたけど」



 そんな顔するんならとっとと帰ってくれない、と言うも、このとても危うく危ない関係性に気づいている。
 元々そういう顔なんだよ、と笑う夏油がいつもの笑顔を見せた。やっぱり帰ってよと言いながらコーヒーを淹れるの背を見つめながら余裕がないなと自嘲する。
 夜明けまでの数時間、今日はどこまで我慢出来るだろうか。