急に冷え込み始めた風に気を取られていた。
そういえば昨日は満月で、海に沈みこむほどの月が空を埋め尽くしていたのだ。
余り離れる事の無い船上から、暗く沈み行く海原を見つめていた。
この二、三日ほど争いも無く、まるで目前の海のように静かな日々を過ごしていた。


「冷えるな、今日は」
「お前も、やるかよぃ」
「もらおうかな」


冷えを忘れる術で最も簡単なものはアルコールの摂取だ。
キッチンから頂戴した酒は可もなく不可もなく、体温ばかりを上昇させた。
ショットグラスを投げれば何なくサッチはそれを受け取り、マルコの隣に座りこんだ。
相変わらず、親父の具合は芳しくない。
だから、こんなにも静かな日々は重宝している。


「どうせ又、思い出にでも浸ってんだろ。お前」
「何だよぃ、籔から棒に」
「こんな日だったよな」
「…覚えちゃいねェよぃ」
「嘘吐け」


簡単な選択肢ばかりを手にしてきた。
イエスかノー。たったそれだけ。
元より愛されない人生を選んだのだ。
だから、その生き方は至極全うのように思えていた。自らには。


「あいつがいた頃は、楽しかったな」
「…」
「お前も、こんな夜に一人で飲んだりはしてなかったよ」
「うるせェよぃ」


やれやれと大げさな溜息を吐き出したサッチは、
声一つかけず、マルコのグラスを液体で満たした。
あの女は嵐のようにマルコの心を掻き乱し、そうして消えていった。
半年ほどの時間を共有したのだが、あんまりにも短く感じた。
まるで、一瞬の出来事のように。


「只の裏切り者の話だろぃ」
「まぁな」
「よくある話だ」
「まぁな」


この船から出て行ったの事を、裏切り者だと位置づけた。
心の拠り所がなかったから。
馬鹿みたいに強がり、あんな女の事などすっかり忘れてしまったと嘯けども、
決して忘れていない心を知っている。


何故、どうして。何の為に。
どうしてお前は俺に近づいた。
聞きたい事は何一つ聞けず、の存在だけが小さく残った。
幾つもの季節が過ぎても、大きくもならず、小さくもならず。
只ずっと、心の底に居座り続ける。


「探してやろうか」
「馬鹿、言ってんじゃねェ」
「会いてェ癖に」
「うるせェよぃ」


急に寒くなったわねと、薄手のカーディガンを羽織ったが声をかけてくる。
マルコの返事を待たず、月が凄く大きいと笑う。
一挙一動を全て覚えている。
それでも、顔を合わせたいとは口に出せず、
詰まらない事ばかりを口にするサッチを横に置いたまま、
微かに歪んだ月を見つめた。


変わりゆくということ


拍手、ありがとうございました!
第四十七弾はマルコでした。
マルコというか、
マルコとサッチを書きたかっただけです…

2010/10/4