最後に一つだけ願いを言いなよと呟いたクザンは、目前の女を見下ろしていた。
止めを刺す前に会話をするだなんて、愚の骨頂だ。
これで逆に痛手を負う羽目になれば笑い話にもならない。
それでもは動く事も出来ない状態で、こちらを見上げている。
黒い眼は眼差し一つ歪めず、じっとこちらを見つめている。
地面は僅かに凍っているが、自体は凍っていない。


「願いなんて、ないわ」
「…リアリストだね、あんたは」
「目に見えるものだけが全てよ。今に始まった事じゃないわ」
「ようやくあんたと話が出来た。中々、人の話を聞かないからね」
「あんたの話を聞かないだけよ。話す事なんてないもの」
「いいじゃない、ほんの少しくらい」


名の売れ始めた辺りから小耳に挟んではいた。
女の海賊が頭角を表してきたらしい。
そんな彼女の名を知るまでに、そう時間はかからず、
捕らえろと命令が下ったのは、そのすぐ後だ。


これまで、幾度となく対峙してきた。
情のようなものが芽生えていると知りながら、
流石に立場もあり口には出さなかったが知れていただろう。
随分気に入ってるようだねェ、等と
(確かあれは黄猿だったと思うが)茶化されもした。


「あんたの世界はこれで終わる」
「…」
「どうして笑ったの、今」
「あたしの、じゃないでしょう」


あんたの世界が終わるのよ。
はそう言い笑った。
見透かされた気分になったが、の言葉は確かに当たっている。


「お遊びの時間もようやく終わり。あんたの欲望も全部、終わりよ」
「…どうかな」
「あんたはこれから先、ずっと過去を思いながら生きていくのよ。二度と感じる事の出来ない、あの充実した、日々を」


とっくに知れていた事実を目の当たりにし、
まさかそれと同時にの海賊としての本性を知る事になるとは思わなかった。
動きのとれない状態でも強気で言葉を吐き捨てるは、このまま殺すには惜しく、
だからといって囲えるとは思えない。なす術がない。


それなのに、そんなクザンの心さえ見通したように、
なけなしの力を振り絞り、はゆっくりと立ち上がった。
抗うなというクザンの儚い願いは届かない。


「次、なんてないのよ。クザン」
「…」
「あんたもあたしも、夢を見る資格なんてない」


こうして世界は終わるのだと曖昧に思った。
それと同時に、何だか明日からの生活が酷く億劫になると気づき、
腰を上げる事が出来なかった。


(世界のすべては)(きみだった)


拍手、ありがとうございました!
第六十一弾はクザンでした。
何か、長い…

2010/12/09