無意識で唇を触る癖があると気づいた時から、何だか心が置き去りにされていた。
人前に出る時にはグロスを塗っているからそんな真似はしない。
人目に触れない場所での話だ。
自分の処理能力を現実が追い越した辺りから指先が唇に触れる。
側にいる男が何を考えているか分からない時には、特に。


「…何の真似よ」
「お前が、こうして欲しかったんだろ」
「あたし、そんな事、言ったかしら」
「多分な」


やはり無意識の内にそんな欲求が滲んでしまったのかと思うが、
どうにも無意識だ。分かる道理がない。
この男に抱かれたいと思った覚えはないし、そんな雰囲気を醸し出した覚えもない。
では何故こんな状況に陥っているのか。
やはり分からないまでも指先は唇に触れる。


「あんた、さみしいの」
「お前だろ」
「…」
「お前がさみしいんだよ」


それは違うと返す気力もなく、何だか心が萎れた。
欲求を同情で隠しこんな行為をしているのかと
一瞬でも考えれば後悔をしてしまいそうで、
これは何事でもないのだと思うようにした。


こんな事は何事でもなく、よくある事だ。
別に、どちらかに非があるわけでもなく、心があるわけでもない。


ローの腕が背を這う。
嫌な感触はせずとも感覚が僅かに鈍り、目前にある男の身体を見つめていた。





わずかな悲しみ





拍手、ありがとうございました!
第七十五弾もローでした。
今回の更新は全てローだ。
2011/7/22