当初の酔いも醒めているというのに、
酔いが醒めた瞬間を恐れグラスを空け続けている。
一年の内この一日だけは正気でいられない。
だから明け方近くまでやっているこのバーで始発を待っている。
この方法を発見したのは3年程前の事だ。


眠れず一人明け方まで悶々とするのは余りにも辛く、
それこそ自室に一人でいては余計な考えばかりが脳内を埋め尽くす。


何です、月島さん。寝不足ですか。
だなんて声をかけられ、眠れなくてな、そう返せば
一人で家にいるからですよ。
そんな時は面倒でも外に出て、人目に晒されるんです。
はそう笑った。


別に鵜呑みにしたわけではないのだが、やってみる価値はあるのではないか。
どこまで追い詰められているんだと自重するが、そのやり口は存外、自身に合っていた。



「ヤダ、月島さん?」
「!」
「何してるの、こんなとこで」



そう言った当人は己の発言などとうに忘れており、
単に始発までの時間稼ぎにこの店を訪れたらしい。
遠慮もせず隣に座り酒を頼む。
そうして聞いてもいないのに話し始めた。


遊んだ男がやけにケチだっただとか、
その癖に露骨に誘ってくるもので逃げようとしたら捕まって、
ホテルの前で立ち往生しただとか、そんな話だ。


別部署で働いているは兎角元気で明るく、明け透けだ。
飲み続けているウィスキーのせいなのか、
このやたらでたらめな夜のせいなのかは分からない。
氷が音を立てた。
それがまるで合図かのように。


あの娘の影はいつまでも自身を掴んで離さないわけだし、
恐らくそれは自分自身が求めている幻想だ。
二度と手に入らないから捨てようがない。
相手はこのだからだという酷く卑怯な思いも確かにある。



「…なぁ」
「何です?」
「一緒にいてくれないか」
「え?」
「今夜だけでいいんだ」
「それって―――――」



誘ってるんですか。
が笑う。



「だったらどうする」
「別にいいんですけど」
「けど?」
「理由くらいは教えて貰わないと」



期待しちゃいますよと囁く唇は濡れている。
あの娘の話をしたら興ざめもいいところで、だけれどそれから逃げている。


一年に一度は必ず訪れる命日を一人で過ごせないだなんて、
男らしくないと呆れられるだろうか。
少なくとも隣で笑うは呆れるだろう。
だけれど、



「!」



何も答えないまま、そっと手を重ね反応を伺う。
明日会社で気まずいなぁ。
振り払わないはわざとらしくそう言い、
グラスの残りを飲み干した。




月食の日





拍手、ありがとうございました!
第百二弾は月島(社会人)でした!
えごちゃん匂わせです。
時薬できっと乗り越えていくのだ。。。

2018/06/18