思い人を奪われた哀れな女性なのだと、そういった紹介を受けたわけだ。
このご時世なのに酷く派手な着物を着崩しており、一見そういう女なのかと思えた。


鶴見が呼んだであろうその女は、町にあるホテルに泊まっており、
毎日決まった時間帯にそこへ出向く事が義務付けられた。


女は一件若くも見え、品の良さそうないで立ちであり、
着物も上等なものを羽織っている。
只、ひたすらに無表情で凍てついた眼差しをしている事以外は普通の女だった。


こんなに妙齢な娘が何故ホテル暮らしをしているのかという謎は残る。
そもそも、鶴見中尉とはどういう仲なのか。
囲っているのだろうかとも思うが、彼にそんな趣味はなさそうだ。
だからといって直接確かめる術もない。


兎にも角にも、月島は言われるがままそこへ出向き、
返事の返って来ない挨拶をし、又戻る。
そんな無為の繰り返しだ。
時間ばかりが取られるその繰り返しに嫌気が差しだした頃、少しだけ変化が訪れた。


ある日、いつものようにホテルへ出向けば、何故かそこには鯉登がいた。
女はいつものように窓際に置いてあるロッキングチェアに座っており、
その向かいに鯉登はいた。


しかも目頭を押さえている。
どうやら泣いているようで、尚更意味が分からない。


女はついと月島の方を向き、あら、月島軍曹。
だなんてこれまで口にした事もない名を呟いた。



「月島か…」
「何をしているんです」
「いや、鶴見中尉に話を聞いてな」



こちらの婦人は某財閥の御令嬢でな、さんと仰る。
先の大戦で戦死された花沢勇作少尉の婚約者だ。


は変わらず無表情で心ひとつ読めない。
目前で鼻をすする鯉登の方がよっぽど伝わる。


鯉登はそれからも勇作の雄姿が云々だとか、
それを支えたが素晴らしいだとか、
何だかんだと感情的な言葉を口にし、颯爽と去って行った。


その間、女は変わらず無表情で、
只ぼんやりと窓の外を見ていたように思える。



「…私の父はそもそも反対でね」
「!」
「私と、勇作さんの婚約には最後まで反対していたのよ」



が初めて何事かを紡ぎ出した。



「だけれど、私が頼み込んだの。どうか勇作さんと添い遂げさせてくれって」



私は彼を愛していた。
は続ける。


私は彼を、勇作さんを心の底から愛していた。
誰よりも彼の事を愛していたの。
わかる?軍曹。
だけれど彼は逝ってしまった。
先程の鯉登少尉だって同じよ、きっとあなたも。
何れ死ぬ。戦場でね。


は淡々と喋る。
抑揚のない声だ。
本当にここにいるのかさえ疑わしい。



「…父は、鉄を扱っていてね」



貴方たちが戦場で命をすり減らしている間、嘘のように金を稼ぐのよ。
これ以上持てないほどの、有り余るほどの財を得るの。
勇作さんの命を糧に。
私だって散々その糧を貪ったけれど――――



「今後は我々もおこぼれを頂けるそうだ、月島」
「!」
「父の説得は終わったのですか?鶴見中尉」
「ええ!あなたがここにいて下さった、それだけで十分です」
「過保護だものね」



父は。
恐らく彼女は人質としてここに軟禁されていたのだ。
本人同意の元の軟禁。


鶴見中尉がどういう話を持って彼女を説得したのかは分からないが、
彼女は自分の意思でこのホテルへ出向き、父親を強請った。
第七師団に資金提供を約束させる為に。


鶴見は彼女の元へ近づき、感謝しきりだと膝をつく。
だからといって窓の外を眺めたままのは取り留めのない返事を返し、
やはり心はここにない。



「…ねえ、軍曹」
「はい」
「戦場って、忙しないのでしょうね」
「…?」
「勇作さん、」



夢にも出てこないのよと呟いたは、窓の外を眺めていた。




僕が望んだのはこんな結末じゃない





拍手、ありがとうございました!
第百五弾は月島、鶴見、鯉登でした!
勇作さんの婚約者主人公。

2018/11/05