手を繋ぎ砂浜を駆けた。
所謂、駆け落ちのようにだ。
一頻り走り続け荒い息は波の音に溶けた。


こちらの指先を握り返す
上がった息をどうにか落ち着かせようと胸に手をあてている。


はこの近辺を取り仕切るヤクザ一家の箱入り娘だ。
父親の家業を一切知らずに育ったは万全に世間知らずで、
連れ出すに理由もさほど必要でなかった。


この逃避行は明らかな出来レースで、
今、この娘の父親たちは鶴見中尉率いる一団に襲われ、
隠してあるであろう潤沢な資金を奪われているはずだ。


田舎ヤクザが色気を出し、中央から協力要請を受けた。
それらは酷く厄介で、一刻も早く始末するのだと、
鶴見中尉に言わしめたくらいだ。
あの手の輩にしては統率力の有る組織だった。



「基さん」
「どうした?」
「あれを」



あえて血の海に沈める事もないだろうと、の連れだしを命じられたのだ。
三人目の愛人が気の強い女で、彼女の母親は本家から避暑地へ追いやられた。
事が終わればそこへ送るつもりだ。


が指さした先には小舟が浮かんでおり、
あれは魚でも獲っているのだろうか。
老人が一人乗っていた。


それにしても我ながら似合わない真似をしてしまったと思う。
お嬢さん、私と一緒に逃げましょう、だなんて。
まるで駆け落ちのような一言。
あの時言いたかった言葉。
気にせず口を吐き、吐き出した後に気づいた。



「これから、どうするのです?」
「この先に宿をとっています」
「帰る場所もないものね」
「…」



本当ならこれはあの時の現実だったのだろうか。
こちらの迎えを待っていたあの娘はこうして少し寂し気に笑って、
それでもこちらは指先を離せないか。
そんな気もないのに面影を捜してしまい一人、ハッとする。


そう。確かにもう帰る場所などない。
ここでこうして溺れていたいが、それも無理だ。


波打ち際で戯れる彼女を見つめ、
迎えが来るまでの僅かな間、虚ろな時間を過ごす。
名前を間違えて、しまいそうになりながら。




知らぬ間に過ぎ去った青春時代





拍手、ありがとうございました!
第百七弾は月島(えごちゃん絡み)でした!
よく絡ませます

2019/1/2