Running away, to youオートロック式のマンションはどの部屋にどんな人間が住んでいるのかがまったく分からない巨大な箱だ。生活観のない大きなホールを抜けエレベーターに乗り込む。上の階に行くにつれ家賃が跳ね上がるらしいが当の には余り関係のない事柄だ。一人暮らしを始め三年目になる。 「・・・」 まったく人気のない廊下を歩きカードキーを差し込む。ドアを少しだけ開ければ中から明かりが漏れた。チカチカと光り続ける携帯の仕業だ。ゆっくりとドアを閉めリビングに向かう。 「どうやって入ったのよ」 「鍵が開いてたもんでな」 「あんたその内捕まるわよ」 「そんなヘマはしねェよ」 身体が酷く疲れきっているのは阿含が残っているからだ。煙草に火をつければ僅かに室内の空気が冷えた。無言で近づく蛭魔が唇から煙草を奪いフローリングで踏みにじる。どうやら機嫌は最高潮に悪いらしい。無理もない。 「どうしたの蛭魔」 「シャワー浴びてきやがれ」 「何?あたし疲れてんだけど」 「あいつの匂いは消してきな」 チラリと蛭魔を見やればどうやら冗談ではないらしい。少しだけ苛つく。今回に限り阿含が妙な独占欲を出さなかった分蛭魔の行為が勘に触る。煙草を取り出す、蛭魔の影が動く。火をつける。 「手前は天才だ」 「何が」 「俺を苛つかせる」 あんたが苛ついてんのはあたしじゃないでしょう。うんざりとした様子で顔を背ける は潮時を感じているのだろう。そんな彼女の思いを知っているから蛭魔は尚苛つく。疑問は一つ。何故。 「自分のモノにならないから惜しいだけよ蛭魔。阿含だって同じ。よくよく考えたらそんなに欲しくもなかったってよくある話じゃない。あたしはそんな思いをするのは嫌なのよ」 「他人のモン欲しがるだけで年単位だなんてよ、馬鹿げた話があるってのか糞オンナ」 「あたしは言われりゃ誰とでもヤるわよ、あんたとヤるのだってそう。阿含とヤるのだってそう。分かってるじゃない、それでもあたしとヤるあんた達の方がおかしいのよ。まあ阿含の場合はあたしだけじゃなくって他の女ともヤってるみたいだからどうでもいいけど、全部どうでもいい話には違いないけど。そもそもあんた達絶対言わないじゃない、他のヤツとヤるなとか。あたしは馬鹿だから言われなきゃ分かんないわよ。ああ、ちょっと!!煙草くらい吸わせなさいよ蛭魔!!」 「何か?俺以外とヤんなつったらヤんねーのか?おい」 「言われた事ないから分かんないわ」 「手前がそんなタマか?ふざけるのも大概にしやがれ」 最近蛭魔に会えば必ず言い合いが始まる。言いくるめたりはしない分もしかしたら彼の本音をぶつけられているのかも知れない。そう思えども嬉しさは微塵も。 「終わんないのよ」 「あ?」 「ずーっと何も変わんない、何も何も。あんた達も変わんない、あたしも変わんない。だから終わんないのよ」 「終わりてェのか?」 誰よりも昔から を見ていた男が震えだすような言葉を無下に吐き出す。その問いに答える事が出来なかったのは甘えだろうか。欲する気持ちを羨ましく眺めていた。欲される自分が好きだったのか。何れ用なしになるのならばいっそ、今。己の手で。 「おい、糞オンナ」 「何よ」 「手前の好きな雨だ」 カーテンをひく必要もない大きな窓には激しい雨粒が叩きつけられている。まるであの頃のようだと思いながら暗闇を見つめていれば言い過ぎた、そう小さく呟いた蛭魔が窓に近づいた。ああ、これは。恐らく。フラッシュバック。跳ねるように立ち上がった が窓の側に立った蛭魔を背後から抱き締める。震える手で、全身で。 「止めてよ蛭魔」 「手前を縛り付けんのはコイツだけで十分だな」 「止めて」 震える指先を握り締めガラス越しに嗚咽する を見つめる。背中に生温い感触が漂った。 Life Despite God(Courtney Love)
初っ端から喧嘩ってのはどういう事だと。 |