だから、こんな雨の夜は

「・・・・ぁ?」


強かに酔いしれた身体が浮遊感を増し、
二重にも三重にもブレる視界はまったく機能していないらしい。
数メートル先の電柱の影に相変わらずの単車が止まっている。
よく見るやつだ、黒の。


「っち何だよ・・・」


最後の一本をくわえは空き箱を握り締めしかし火がない。
手持ち無沙汰に揺ら揺らと揺らすタバコはくわえたままで、
メンソールの香りがきつく薫った。
ふらふらとおぼつかない足取りでは前に進む事もままならず、が立ち止まった。
単車のエンジン音が鳴り響く、はタバコをくわえたまま前方を見つめた。


「火、ないんだろ」
「くれんの?」
「乗れよ
「あんたもさぁ・・・」


よくやるわね魅録。
掠れた声が名を呼び目の前の女は自分に近づき手の平を出す。
ライダースの左ポケットからジッポを取り出した魅録はにそれを渡す。
礼も言わずそれを取ったはタバコに火をつけ煙を吐き出した。
アスファルトに雫が落ちた。




先日から降り続く雨は止む気配すら見せず、
湿気の多い一日は憂鬱にも始まる。
有閑倶楽部にしてもそれは同じであり、
昼休みの時間帯集まったメンバーは各々好きな事を。
メンバーが一人足りない。


「魅録はどうしたんですの?」
「今日まだ来てないだろ、サボりかな」
「魅録がサボりですか?」


そんな噂をしていた辺りだ、
当の本人が寝不足を絵に書いたような顔を引っさげ登校して来た。
至極眠そうな魅録は皆の顔を見一度挨拶を、何事もないように席に着く。


「・・・何だよ」
「何だよ、はないですよね魅録」
「は?」
「そ〜んな顔してるんだもの、何かあったって丸出しよ」
「何って・・・何も、」


やるだけやって出すだけ出して、それだけだ。
あんた馬鹿ねぇ、は幾度となくそう言い、
魅録は魅録でそうなのかも知れないと思った。
朝方までを探していた自分と大義名分が頭の中で廻る廻る。
千秋さん方の叔父の娘、その娘が最近家に戻らないという話を聞き、
調子のいい父親は自分に任せろ等と口走り、
結局魅録がその役をかって出る羽目になった。
どうやら叔父は元々子を創れない身体だったらしい―――――
そういえば大分昔に見たその娘は突然姿を現したような、養子だった。


「別に何でもねぇよ」


金を引き出し勝手に借りたらしいマンションまでを送った。
はやはり礼の一つも言わず只来ないの?そう言い、
毎度ながら魅録は酷く居た堪れなくなったがどうしようもないと諦める。
がまさか叔父の娘だとは夢にも思わず一回だけ寝ていた。
確かどこかのクラブで知り合いその流れで、それなのに。
一度魅録宅に娘を連れやって来た叔父は何も知らない。
恐らく自分の父親も知らないだろう。
千秋さんは何か気づいている、それでもすぐによその国へ遊びに行った―――――
色々と勘繰られるよりはマシだ。
不機嫌そうな顔で魅録を見上げたは呆れたように笑い、
ハジメマシテ、そう言った。魅録も初対面の振りをした。


「魅録寝てないんだろ、ここにいれば」
「ん?あ、あぁ」


予鈴が鳴り皆散り散りに行動を再開する。
外は雨が降っていて室内温度は微妙に高い。


「んじゃ、又放課後な」
「美童、携帯鳴ってるわよ」
「あ、レイラちゃんからメールだ」
「マメですねぇ、まったく」


まったく、まったくそうだこれでは美童と大差ない―――――
それよりも美童の方がまだ利口だ、楽しめるのだから。
先を急げば全てが駄目になる。
そもそもはそんな先の事など微塵も考えてはいない。
魅録だけが先を急いだところで一人相撲に違いない。
俺はあんたを迎えに来たんだよ。
いつもそんな言い訳ばかりが喉に突っ掛かり、
余りにも情けないその言葉は伝えきれないでいる。


の腕は魅録を抱いた。
魅録だけではないのかも知れないし、
今の状態ではそれを責める資格すら魅録にはない。
それにしても昨晩は失敗した。
勢い余りに口走った言葉を思い出せば、
今でさえ気恥ずかしくなり魅録は溜息を。


ちゃんと名前で呼べよ俺の事。
まったく何てチープな言葉を吐き出したのだろう、
よりにもよってに対してだ。
ベッドの上素っ裸のまま、魅録がそう言い、
は驚いたように目を丸くする。
そうして笑った。あんた何歳よ。
そんなのはこっちの台詞なのにはそう笑った。
雨音が室内に響き渡り魅録はうとうととまどろみを彷徨い眠りに落ちる。
手の平には今朝方のの感触が残り何の気なしに拳を握り締めた。




「風邪ひくわよ、あんた」
「だな、」


止まない雨の中街灯の下に停まっていた魅録を目にし、はポツリとそう呟く。
はやはり名前を呼ばず何となく魅録もの名を呼ばなくなっている。
又明日が来てその又次ぎにも日が巡る。
余りにも陳腐で安っぽいもので誰にも言う事が出来ない関係は、
恐らくはずっと、それこそダラダラと続く。


「魅録、」
「え・・・」
「もういいよ、」


もういいよ、はもう一度そう言い俯く。
何がもういいのだろう、魅録は場違いながらそんな事を考え、
目の前で俯いているを只々見つめる。
。もう一度言った。
何度となく名を呟いた、
心なしか雨音が勢いを増しライダースがそれを弾く。
何も答えないは泣いているのだろうか。
折角名を呼んでもらったのに素直には喜べず
壊れた蓄音機宜しく魅録は名を呟いた。

有閑倶楽部の夢があった…
魅録が一番好きです。
2003/11/11