僕ヲ殺シタ君-セカンド

【轍の果てに得るものとは、如何せん私には難し過ぎた】 一眼レフのカメラを肌身離さず持っていたのは真似ていたからだろうか。
お前フィルム交換も出来ねーだろ。
ハンドル片手に西園はそう笑い煙を吐き出した。
どこから調達してきたかは分からない古い型のアルファロメオ。
まったく座り心地の悪いそれの助手席に位置どったは、流れる景色を見つめる。


「待ちの姿勢に入ったか、お前」
「・・・・・ラジオ上げてよ」
「止めろ止めろ似合わねぇ、老け込むぜ」
「黙って運転しなさいよ」


ノイズの強いラジオからはニュースが流れる。
途切れ途切れに聞こえる声が酷く耳障りだ。
大体この車がどこへ向かっているのかも分からないのに、行く先などがあるわけもない。
渡久地は今頃どこで何を。


「・・・・・」
「ちょっと、音、」
「いいから聞け、
「何―――――」


西園の指がチューナーを最大まで上げる。
ノイズに包まれた車内に届く一つのニュースは。


【立て篭もり事件が・・・】
【犯人の名前が・・・】


「菊夫、」


犯人の名前は聞き取れず、それでもは男の名前を呟いた。
何があったのかは分からないが、元でさえ否定的な姿勢。
(それはこの世の中に対してであれ、自分自身に対してであれ全てに置いてだ)
が更に強まった結果なのか。
意識せずとも震えだした指先をは噛む、西園がこちらを見ている。


「・・・・・・・は!」


やるねぇ。
些か呆れたような口調で西園はそう言いアクセルを踏み込む。
携帯が鳴っている、この音はメールだろうか。
あまり関係の深くない人物からの着信だろうか。
どちらにしろ渡久地からではない事だけが分かる。
取らなければ嫌に勘繰られるだけだろうし、
(しかし西園は先ほどニュースを耳にして以来
不機嫌そうな顔で何かを考えているようだ、
こちらになど微塵の興味もないと言わんばかりに)
こんな状態でも渡久地に連絡を取りたいとすら思っている。
こんな時だからこそなのだろうか、最早考える行為を放棄したい。


「・・・・・・・出ろよ、」
「・・・・え?」
「鳴ってんだろ、携帯」


淡い眼球は何を見ているのだろう、あのバーコードは。
は少しだけ躊躇い携帯を取り出す。
画面は公衆電話。
非通知を拒否している事を知っている人物か、
名が表示されれば自身が受け取らない人物かのどちらか。
どちらにしても今の状態では大差ないような気がした。


「―もしもし、」


一拍置きは相手の反応を伺う、俺だ、が目を閉じた。
その瞬間渡久地が二度と手の届かないほど遠い場所に行ってしまうようで
目を開ける事は出来ずは只電話の主の言葉を待つ。


「後二分後に彼を処理する、」
「ちょ、あ、鬼・・」
「運がなかったな、」
「や、ちょっ・・・」
「以上だ」


始まりと同じく一方的に切られた回線、は息を吐く。
隣にいるはずの西園は存在すら消え失せたかのように喋らず、
ラジオの電波は未だに悪い。
真っ直ぐに前方を見据えたは不必要なほど気まずそうに空を見上げ
再度なる携帯に視線だけを送った、一通の新着メールが表示される。


『私が始末してさしあげますよ、あなたの代わりに』


吐き気が眩暈に変わり辿り着いた先は立て篭もり現場、
報道陣と警官が立ち並ぶ姿を確認する。
ふとその光景に気づき隣を見れば
既に西園の姿などなくは車を飛び出した、弱った獲物を皆が狙う。
ハイエナはハイエナに食い殺されるのがオチだ。
非常階段近くには磨知の姿が、西園は既に階上にいる。


ちゃん・・・!?」
「あ、磨知、さん、」
「一体―まさか、」
「菊夫は、」


一際強い風が吹き荒れ、と磨知はほぼ同時に天を仰いだ。
一機のヘリが近づく。


「全一!!!」


磨知の手を振り払ったは果てなく続く非常階段を駆け上る。
そのすぐ後磨知もを追った。
報道のカメラマンが五月蝿い、そういえば渡久地もあの類の人種だった。
それにしても―――――
ヒールの高い靴をはいてきてしまった事を後悔するより先に
磨知は一刻前の事を反芻する。
それにしても何故雨宮君は
(残念ながらそれは雨宮ではなく西園信二だったわけだが)
嬉しそうに笑っていたのだろうと。
白が力を増し屋上はもうじきだ、の姿が磨知の目前から消えた。

ここの流れは涙なしに語れなかった…
2003/9/24