僕ヲ殺シタ君-サード

【残酷なものは一体何なのか、それはお前か私か向こうの男か。抗えないものなのか。】 何もない場所に西園は立っている。
彼がいるからこそ何もないのかも知れない。
そういえば辺りは一面海原であり、
季節の伴わないそこを訪れる人間は余り見受けられないのか。
は一人何かを呟いているようで、
それを西園が聞いているかどうかは分からない。


「・・・・・戻って来るって、」


あいつどっか行っちゃう事はあっても絶対戻って来たもの。
あの日は渡久地に近づけなかった。
近づく事をまるで拒否したかのように光景だけを見つめていた。
真実なんて何の役にも立ちはしないし、何が真実かなんて分からないもの。
語尾が震えているのは潮風がやけに冷たいからだろう。
西園がタバコに火をつける。


「携帯、」
「戻って来るわ、絶対」
「携帯鳴ってるぜ


車内に置き去られた携帯は虚しく着信音を響かせている。
ここ最近はまったく雨宮に主導権を渡さなくなった西園は
の携帯を勝手に取り、は水平線だけを見つめる。
雨宮に主導権を渡そうものならこの哀れな女に
どんな慰めの言葉をかけるやも知れない。
そんな事だけは絶対にさせない、西園が携帯を切った。


「・・・・・」
「戻って来るわ、」
「検死終わったらしいぜ、」
「菊夫は、」
「何なら今からでも見に行くか?」


あいつの死に顔でも拝みによ。
吸殻を指先で飛ばした西園はそう言い放ち車に乗り込む。
ラジオをつければまったく聞き覚えのないヒットソングが流れ出し、
場の雰囲気をぶち壊してくれた。




渡久地の遺留品はほとんどが持ち去られ
(これで彼も晴れて重大犯罪人の仲間入りだ)
結局に残されたのはあの写真と、
たまたま西園の車に置き忘れていた一眼レフだけだ。
フィルム交換も出来ないはカメラを耳に当てる。
真実は全てあの男から。
渡久地の先輩だという男だけが渡久地所有のビデオ屋に顔を見せた。


「・・・・・・・あんた、」


あいつの女か?
虚ろな視線の男はカウンター内でぼんやりと店内を見回すにそう言う。
は何も答えずカメラを撫でるし、
男も返答等求めてはいなかったのだろう、何も言わず背を向けた。
この店は所有者をなくし案外レアな商品もあるのかも知れないが
やはり大半は押収されている。
経営は酷く困難だしに勤まる道理もない。


「あ、」


そうだよあんた似てんだな。
男は渡久地のうつった古い写真を置いていった。
酷く幼いようなその顔、笑っている、は涙を拭う。
まだ眼帯をしていないところを見れば相当古いものだ。
彼は一度そこで死んでいたに違いない。


「・・・・・・・菊夫、」


渡久地の残した一眼レフ。
フィルムがあるべき場所には一枚の紙切れが眠る。
本土を離れた先のとある観光地。
四季折々のこの国にして一つの四季が崩落した
その街の駅構内にあるロッカーの番号が書かれた紙切れが。
その中に何が存在するのかは分からないまま、
はカメラを暖め続けるに違いない。
の虚ろな目には未だかつて
誰も見た事のないような数値が刻まれている。

あの先輩も意外と好きでした
2003/9/24