ナミダクンサヨナラ

彼は、確かにそう言った。確かにそう言ったのだ。
なぁ、お前をその悩みってヤツから解放してやるよ。
あの男は何の確信もなしにそう言い手を差し伸べた。
申し分のない誘いに見えたのだ、その時は。
本音を言えば誰でもよかったのかも知れない。
はその手を掴んだ、約束一つ出来ない男の手を。




足元には空瓶が転がり、濃い緑色のそれを避けながらは室内を進む。
悩みの種は尽きはしないし、最近のそれは嫌に饒舌になった。
新しいゲームでも考え付いたのか、ドフラミンゴは初めての言葉を連呼する。
もうオシマイだぜ、オワリなんだよ。
幅のあるソファーの真中で前屈みの姿勢、男の視線は依然見えはしないし
そこに辿り着くまでの過程には疲れ切っている。
新しいピアスが突然幾個も増えた男の耳、は愛していると思う。


「・・・・・何?」
「だから、」


オワリにすんだよ全部、分からねェか?
男の口調は嫌に愉しげでやはり理解に苦しむ。
やり切れない素振りでが口元を隠せば、軽い溜息が木霊した。
セルロイドの床は今にも抜け落ちそうだし、
男の集めるサイケデリックなレコードにも飽き飽きだ。
別にそれならそれでいいわよ。
最初から余りにも道理のいかなかった関係だけに
引き止める術も持たずが答えた。
ドフラミンゴはゲームを続ける。


「で、だ」
「何?」
「ここでこの俺が約束してやる、」
「何言って―」


仮にお前がこの部屋を出てお家やらに帰る時、
まぁよくあるシチュエーションだよな
そんな時深夜の帰り道、仮にお前が振り返ったところで
この俺がそこにいるわけはねぇし、
そういう妙な怯えにお前が苛まれる事もねぇ。


ドフラミンゴは両手を大きく広げ、一気にそう捲くし立てる。
は理解の及ばないその内容に返答すら無くす。
ドフラミンゴが指先を口元に当てた、は幾分後づさる。
これがゲームだという事は百も承知だ。
目の前に存在する男は新しい単語を手に入れたから、
それを思いつくままに使っているだけだ。


「・・・・何の話よそれ、」
「お約束だよ、」
「どうせ守れないじゃない、」


今までだって一度も守った事ない癖に、今更何言ってんのよあんた。
恐ろしいのだろうか。
自身が嫌に饒舌になっている事に気づいたは少しだけ笑う。
半壊したブラインド、むき出しになった排水溝。
この環境が馴染みになって、どれだけの歳月が流れたのだろう。
骨ばった男の手はを指し、は深く息を吐き出す。


「それに、」


あたしはあんたが好きよドフラミンゴ。
だからか。


「後五分、」
「何?」
「後五分で俺は消える、」


そこでボンヤリ立ってるお前の前を素通りしてこの部屋を出て、
二度と姿は見せねェさ、なぁだから―――――
ドフラミンゴが一拍置き囁くように呟いた。




当たり前のように手を取りそのままキスをした。
この女に何があっただろうが
そんな事はドフラミンゴにしてみれば一欠片の興味もない事だ。
兎に角そのままキスをし腰を引いた。
行動に意味など伴わないのが常だ、
だから結果は最初から知っていただけの話。


「ん、」


一度ベッドの中で他の誰かの話をさせた事がある。
は気だるそうにドフラミンゴを見上げ、
胸辺りに頬をつけ途切れ途切れに話を繋げた。
唯一知らなかった事をそこで知った。
畏怖させる事に決めたのもその頃だ。
決して愛情を表立たせないこの相手だからこそ。
なぁお前の言いてェ事は承知だぜ、
髪を撫でれば露骨に払われる。
だからこの女を愛している事になど何の意味もないのだ。


「ん、ん」


唇を離せばはぁっと深い呼吸音が聞こえ、言いようのない感触に襲われる。
安堵か何か、兎角心地よいもののはずだ。
無意味さが群れを成す。
欲しいものは全て手に入れたはずだ暇を持て余していたのに。


「なぁ、」
「何?」
「愛してるって言ってみな、」
「何?」


突然の申し出に顔を上げたは酷く驚いた顔を。
要求すればそれとなく答えるだろう。
口の動きばかりを見ていれば肝心な声等耳には入ってこず、
ドフラミンゴは尚焦る。
意味などないはずだ、欲しいものはこんなものではない。


「何・・・」


片腕で強くこの身体を抱き締め、赤いタイル張りの天井を見つめる。
胸の奥の方、じき背を過ぎるような場所が疼き
年甲斐もなくやけに居た堪れなくなった事だけを覚えている。




結局一時間経っても部屋を出るどころか、立ち上がる気配すらないこの男の隣
は普段通り手持ち無沙汰に時間を弄ぶ。
時折発作的に何かを喋り出す以外は寡黙を貫くこの男の事だ、
今も何か善からぬ事を企んでいるようで、たまに視線だけを余計なほど感じた。
なぁだから―――――
ドフラミンゴが一拍置き囁くように呟いた。
何の意味もねェよな。
咄嗟にでっち上げででも意味を口走ろうとした
ドフラミンゴは軽く静し、一瞬泣きそうになったを引き寄せた。


これが愛でなければ一体何が愛なのだろう。
男はそう思い、同時にろくでもねェ存在だ、そう思う。
窓の外は月夜なのに風が吹き曝し、
こんな夜にを出す事等出来るわけもない、
きっと今もは言葉を待っている。

再アップ
ドフラミンゴに関してはイメージがぶれない
2003/9/27