くちなしのぼくら

始まりは幾度目かの言い争いだったように思う。
エースが怒った姿を久々に見た。
喧嘩をすればすぐにでも飛び出すの腕を掴み、
力任せに振り向かせる。
無論エースが笑っているわけもなく、
は憮然とそんな彼を見上げ視線すら逸らさない。
長い長い沈黙が流れた。
真空状態に放り出されたように音も何もない世界だ。
意見の食い違いが理由なのだろうか。


「絶対許さねぇからな」
「知らないわよ、」
「お前が言うまで―――――」


話を遮るも何もは手厳しくエースの手を振り払った。
一瞬だけ浮かんだエースの表情に少しだけ戸惑う、もう遅い。
言葉を見つける事も出来ずにはそのまま部屋を飛び出し、
エースはエースで振り払われた手の平をじっと見つめていた。
立ち尽くしたまま。
の足音が聞こえなくなるにはまだ時間がある。
エースは手の平を見つめている。
闇の中微かに浮かんでいた白い影がすっかり姿を消した。
エースは手の平を見つめていた。









ふと目が覚めはゆっくりと身体を起こす。
嫌に頭が痛む、これは痛む。
実のところ夢を見ていた。


「・・・・・」


洗いざらしのシーツは目が痛むほど白く、
やってられないとばかりには再度突っ伏す。
夢の中でエースが笑っていた。
何もかも全てを思い出さざるを得ないような夢だった。
今寝直せば続きから再生されるに違いない。
少しだけ考える、考えるまでもない。
昨晩の事を思い出せば思い出すだけ、
後悔ばかりが募りどうにも出来ない有様だ。
だから寝る、寝て沈んで、そうして溺れる。
何時頃からか酷く鈍くなっている自身に気づいてはいた。


エースは追って来なかった。
今までならば仕方のない素振りでエースはを追いかけ、
が走り疲れた辺りで呼吸一つ乱す事もなく
エースはを掴まえ、それに至るまで幾度となく
エースはの名を呼んで、
はそれを知った上で決して振り返らず
エースが追いつく事だけを考えていた。
夢の中のエースは毎度笑顔であり、
そういえばエースは毎度笑顔なのだ。
昨日のエースはどんな顔をしていたのだろう、
それが思い出せない。それだけが思い出せない。


「ん〜〜〜」


初めて会った時エースは挨拶もなしに口付けた。
あの時から今までの間、
どれだけの時間が経過したのかは分かりもしないが、
あの時から今までずっとエースの気持ちが分かった事はない。
口付け、笑い、余りにも突然の出来事に
が言葉を失っていれば、エースはやはり笑っていた。









「!!」


ふと目覚めればどうやら眠っていたらしい事実に気づき、
エースは飛び起きる。
狭い室内を見渡しの姿を探すが、
やはり見当たらず遣り切れなさそうに天井を仰いだ。
は絶対に戻って来ない。
自分が迎えに行かない限りは戻って来ないだろう。
そんな事を考えていれば昨晩の出来事を
やけに思い出してしまい咄嗟に手の平を見つめた。
振り払われた手は信じられないほど冷たく、
一瞬何か別の物体だとすら思えたのに。


毎度の事だったのに何故こうなったのだろう。
喧嘩は多々あれど目覚めて一人の朝を迎えたのは初めてだ。
少しずつ少しずつ本音を隠していた、少しずつ少しずつ嫉妬を抑えた。
今でさえ束縛云々と口うるさく言われているのに、
全てが露見してしまえばはどんな顔をするのだろう。
昨晩のような顔をするのだろうかそれは極力避けたい意向だ。


そうだ確か昨晩自分はに言いかけた、
お前が言うまで。いつもは逆なのに。
言葉が足りないのはやはりエースの方で、
喧嘩の原因を作るのもエースの方だ。
なぁ、側にいるだけでいいじゃねぇか。
愛していると言った覚えすらない。
言葉を知らないだけなのかも知れない。
もっと他に気の利いた台詞等腐るほどあるのかも知れない。


「あ〜〜〜」


腹減ったな、エースは寝返りを打ち独り言ちる。
視線の先にはが買い置きしているチョコレートが、
買い置きするのはいいが毎度エースが勝手に食べてしまうものだから
最近は<エース禁止>なんて文字を箱の上に書く始末だ。
腹は減っている、目の前にはチョコレートがある。
そもそも昨晩何故は怒ったのか。
これだけ長くいるんだぜ俺達はよ、
お前しかいねぇってのは分かりきってんじゃねぇか。


意識なしに他の女の話をしてしまった。
何の関係もない女で只話に出て来ただけだった。
が話の中に自分以外の男の名前を出した。
エースは問うた。誰だよそれ。
は答えなかった。
答えず只この前町で会っただけの男だと言った。
納得出来なかった、ああ、それでか。
執拗に詮索するエースに
は愛想を突かしたというところだろうか。
互いに凄く好戦的な態度だった事が尚悪い。


〜〜〜・・・」


不在の状態での見ていない場所で
食べるチョコレートに等意味がないだけだ。
意を決し起き上がったエースは首を鳴らし部屋を出る。









「お頭、まだ出ねぇんですか」
「あ〜〜もうちっと待っててやってくんねぇか」
「そうそう、嬢ちゃんなんですがね」
「まぁだ寝てんのか?仕方ねぇな」
「お頭」
「何もしやしねぇよ(今は)」
「あんたのそれは信用ならねぇ」


夜半過ぎの時間帯には突然やって来た。
毎度の如く宴を催していたシャンクスは
ご機嫌にを向かいいれ酒を勧める。
ほどなくはボロボロと泣き始め、
エースとの一部始終をシャンクスやベンに話したのだが
あの状態だ、恐らく覚えていないだろう。
今までにも数回この二人の喧嘩に巻き込まれたベンは
又かと溜息を吐きシャンクスはどさくさに紛れ
を抱き締め殴られる。


「邪魔するぜ」
「お」


客室前でベンと話し込んでいるシャンクスの隣を
白ひげ海賊団のマークが通り過ぎる。
躊躇なくノックもなしにドアを開いたエースは室内に消える。
遅いのよ馬鹿!の声が木霊しすぐさまドアが開く。
エースは再度部屋に消えた。









「なぁ」
「何よ」
「なぁ


一緒に帰ろうぜ。
の背に向かいエースはそう呟く。


「遅いのよ」
「悪ぃ悪ぃ、寝ちまってた」
「寝てた!?」
「お前の夢見てた」


極自然にそう言ったエースは
の手を掴んだままドアを開ける。
入り口にはシャンクスが極上の笑顔で待ちうけ
ベン達は忙しく出航の準備をしている。


「そいつに愛想尽かしたら又来いよ、
「ありがとシャンクス」
「何なら今でも―――――」


少しだけ名残惜しそうなシャンクスはそう言いかけ、
エースはの耳を塞ぐ。
それと同時にベンがシャンクスを引き摺り
二人に向かい早く降りろと。
エースはを片手で抱え上げ船から飛び降りる。
あたしもあんたの夢みてたわエース。
何故だかそれを口にする事が出来ず、
はエースの帽子を押さえた。

再UP
2003/11/10