仮定、夢ダトシヨウ





嫌な事が立て続けに起きていたとある日の事、
反対側で洋平が笑い、何となくは視線を上げた。
洋平は笑っている。否微笑んでいるのだろう。
どうして笑ってんのよあんた。
が思わずそう呟けば消える。


「…あ」


夢だったと、思い切り寝返りを打った後、
振り下ろした腕が寸でのところで洋平を直撃しそうになり
慌てて腕を止めた。
深夜の時間帯寝静まったこの部屋には洋平の寝息だけが木霊する。
真っ暗では眠れないという洋平の元、二色光だけがつけられたこの部屋。
ボンヤリと辺りが揺らいだ。


「夢…」


夢?マジで―。
少しだけ喉が渇いた気がする。
どうにか洋平を起こさないようにベッドから抜け出そうと思ったが、
(あれだけ寝返りを打ったにも関わらず)
洋平の腕がしっかりとの身体を抑えている為、
動く事は非常に困難だ。


「よーへい」


小声で名を囁く。
寝入ったこの男が容易く目を覚ますとは思えない。
何となく起こす気ではなかったが、
あまりにも安らかに寝入っている洋平を見ていれば
頬を抓ってくれと言わんばかりだったので軽く抓ったりした。














「…ん、」
「あ」
「何…お前起きてんの?」
「ごめんごめん」
「ん〜〜〜〜」


未だ半分以上が夢の中なのだろう。
洋平は幾分掠れた声でそう呟き目を閉じる。
いやいやそれよりも喉が渇いて―――――
喉の渇きは増すばかりだ、案外長い睫毛が揺れている。


「…眠れねェの?」
「んーちょっと、あのさ、それより…」
「…仕方ねェなぁ」


気の抜けるような台詞に続き、
思い切り引き寄せられた身体に些か戸惑った。
喉の渇きが一瞬収まり尚酷くなる。


「あたし喉渇いてんだけど…」

「何?」
「何か悩んでたり」
「え?」


頭がしっかりと起きていないのか、洋平の言葉は妙な間を保つ。
自身のトラブルをあまり知らせはしない。
の頭に顎を乗せた洋平は沈黙を保つ。


「ちょっと、喉が…」
「すんだろーな、あーあ」
「何よ…」


背に回された腕に幾分かの力が込められ、少しだけの圧迫感がを襲う。
何となく思わずだろうか、抱き締め返したくなり
が迷わずそうすれば、宥めるように洋平が髪を撫でた。
喉が渇く、喉が―――――
エアコンの効いた室内、生温い室温が少しだけ上昇し
ゆっくりとそのまま眠りに落ちた。













が何かしら悩んでいるのであろう事は随分前から気づいていた。
そうして自分にそれを解決する事が出来ないだろうという事にも気づいていた。


「…ん、」


寝た?
小声でそう囁けばが少しだけ反応を示し、
洋平はゆっくりと身体を起こした。
あの時、つい先刻の出来事。
は少しだけ淋しそうな目を。
眠気など吹っ飛んだ。
サイドに置いているタバコと灰皿に手を伸ばし
ユラユラと動くベッドがを起こさないようにと。


「…」
「!」
「んん〜〜〜〜」


もっともっと寒くなったら海に行こう。
この前買ってた(まだ真夏なのに)古着のコートとか来て。
夢みたいなそんな雰囲気を楽しんでみたい、
そういう事を実はやってみたい。
まぁは笑うかも知れねーけど。


「ん…」


壁にもたれた洋平の丁度腹部辺りに落ちていたの腕、
指先がやんわりとシャツを掴み擦り寄る。
タバコをくわえたまま洋平はそんなを見つめ、
の胸中に潜む何かが早く終わりを告げるようにと願った。














「な、何?」
「お出かけ」
「え?それはあたしも??」
「そうそう」


日曜の昼過ぎ、所用で少しだけ外に出ていたが戻って来た途端
洋平はの手を引きバイクへと誘った。
わけの分からない状態のまま二ケツ。
どこへ行くかも分からないままだ。


「ど、どこ行くの…!?」
「海の近く」
「え!?この時期に!?」


洋平は軽く笑ったまま、
はそんな洋平にもたれたまま海の近くへと向かう。
天候はそうよくもなく、大して悪くもなく。
やけに清々しい事だけが事実だとして。


―それで、


自然を愛でたりはしない。
只目の前に広がる景色を見たいだけだ、と一緒に。
それが一つの夢、と共に叶えたい事柄。


「コンビニ寄る?
「え?何て言った!?」
「コンビニ!!」
「寄りたい!!」


大きな線を描きユルリとカーブを曲がる。
悩んでたり泣いてたり怒ってたり笑ってたり―――――
そんな時はこうやって海の近くに行けばいい。
初めて目にする光景にきっと奪われる。
そんなものなど容易く。


「心配ですよー俺は」
「何?何か言った!?洋平!!」
が心配だってよ!!」
「は?何!?!?」


少しだけスピードを上げ、
風で声がかき消されるようにと願ったりもした。
何気に。

再UP
2003/10/3