僕だから夢を見ない

怖くて怖くて、何もかもがとても怖くて。
そんな夜だってきっとあるだろう―
誰にだってあるはずだだからこれは
別に大きな意味ももたないし大した出来事でもないはずだ。
外は雨が降っている、雨音ばかりが濁音を増す。
ふとの顔が脳裏をよぎった。
明日学校に行けば会えるだろう。









前田という人間に会う前の自分を嫌というほど思い出していた。
そんな日もある。きっとたまたまだ、偶然だ。
そんなに強い人間ではない事くらいとうに自覚している、
本当はとても淋しいんだ。それでも。
誰かに縋りたい日もきっとあるだろうし実際あった、
しかしだからといって縋りつく相手などいないのが現状だ。
きっと誰でもいい。苛む。

「クソ・・・」

眠れねェ、海老原はそう一人言ち寝返りを打った。
別にの姿はまぶたの裏に焼きつくはずもなく
夢にも出て来ないだろう。

そういえば隣のクラスの女―
やたら派手な女だ、目の周りがキラキラしてる女。
その女がしつこかった、一緒に帰ろう等と。
海老原君彼女いないんでしょ?
だったらいいじゃん付き合おうよ、
耳障りな声ばかりが木霊し肝心のの声は
まったく聞こえない。
はそんな光景を見ながら、
確かヒロト辺りと見ながら笑っていたような
笑っていなかったような。
ヒロトの好きなあのヒナノは
決して笑っていなかったような、
そんなヒナノを見たヒロトも笑ってはいなかったような。
どうでもいい。

「・・・」

何でんな気持ちに、
この気持ちの正しい呼び方はまったく理解らない。
理解るものか。
どうしてあの女は自分に寄り付いて来たのだろう、
どうしては誰かの事を好きにならないのだろう。









翌日学校へ行けば妙な噂が流れまくっていた、
海老原に彼女が出来た―
当の海老原は笑いもせずに全否定。
んだよそれ、馬鹿じゃねェの、
噂のお相手の前で全否定。
噂を流したのはきっとその彼女であり
その彼女は泣いてしまった。
海老原は又よく分からない
嫌な気持ちをちょっとだけ味わう。

「お前マジ有り得ねェ」
「あ?」
「あの娘泣いてたじゃねェか」
「知らねーし・・・んだよ」
「ったく」

偉そうに溜息なんかを吐き出すヒロトを横目に
海老原は考える。
はこの噂を知っているのだろうか。
知らないはずはないだろう、
昼過ぎに登校して来た海老原が知った情報。
はきっと知っている。
ならばどう思っているのだろう。

「・・・はいねーの?」
「え?」
「今日見てねーから」

だからどーって事もねーんだけど。
その日は来なかった。
学校へ行けば会えると思っていたのに
には会えなかった。
ちょっとだけがっかりした、ちょっとだけだ。
只会いたいと思った。









海老原の事がずっと好きだった、
関係をどうしようとは思っていなかった。
只側にいて仲良くしていれば、楽しければそれで。
恋愛感情を間に入れてしまえば何れ亀裂が生じる。
それが怖くては何もしなかった。
相当もてる海老原は何故か特定の彼女を作らず
(野郎同士でつるむ方が好きだというのも大きな要因だと思う)
ずっとそれが続くとは―続くとは思っていなかった。


「あ、」
「お前昨日どーしたんだよ」
「何?」
「休んでたろ、」

本当は噂を聞いたから、
海老原と顔をあわせる事が出来なかったから。
平気な顔は出来ないだろうと容易な予測が出来たから。
事情を知っている友達は何も言わず
只『大丈夫か?』なんて簡単なメールだけをくれた。

「早退。あんたこそ」
「俺はあれだよ、寝坊」
「偉そうに、バーカ」
「あ?」

普通にしないでよ、普通にしてよ。
冷静さを、平静さを保とうとしている己が馬鹿馬鹿しい。
ねえ海老原、あの娘のどこがよかったの?
やっぱり可愛かったから?
ねえどうして、どうして。
自分が好きだと告げてもいないというのに
こんな事を思うのは傲慢過ぎる。
踏み出せない一歩は永遠に荒らされない。

「え?何?殴る気?」
「えっ」

ふと気づけばきつく拳を握り締めていた。

海老原の夢は毎回こんなだね。