無常の意味と意義と君

少しだけよくない噂の流れている彼女の事だ、
きっとそれを不必要に思い悩んでいる事だろう。
無愛想なところだとか男関係に関する非常に傍迷惑な噂だったり
(要は事実ではないという点が問題なだけだ)
確かに多少贔屓目に見てもは取っ付き難く打ち解けにくいし
その上他人と打ち解けるまでに要する時間が人並み外れ長い。
浅く軽い付き合いを基本とする世代に合わないのも無理がない。
は今日も一人だ。多分明日も一人だろう。昨日も一人だった。













そんくらいなら全然大丈夫だしさ、
お前はお前でそれがお前なわけだし気にする事ないんじゃないの、なんて。
あんた誰の受け売りよ何者よあんた。
顔を向けずそう答えるに岡田は話し続ける。


お前相変わらず俺の事疑ってんのな。
あの頃の仇が今になって勢いを増している。
少しだけ昔を怨んだ、悔いてはいない。
あの頃からそういえばの事を好きだと言っていたような気もするし
がそれを喜んでいなかった姿すら思い出せる。
あの頃の自分を思い出せばそれも仕方がないのかと思えもする。
元々迷惑な噂に付き纏われていたというのに
それに輪をかけ迷惑な男達の集団に囲まれて。


それでもは岡田達を拒否しなかった。
あんまりにしつこかったからかも知れないし淋しかったのかも知れない。
ずっと一人は相当堪える、そんな事はよく知っている。
野球部が更生し少しだけ生活に張りが出るようになった。
の姿がもっと淋しそうに映った。


「携帯鳴ってる、」
「いいの」
「それ電話じゃねぇの?」
「メール」


マジで?岡田が呆れた理由は
の携帯が延々と鳴り続けているからだ。


「アドレス流れてさ」
「え?」
「知らない奴からずっと入ってんの」


の声はまるで感情の欠片も残さず
只現状を伝える為だけに吐き出されたに等しい。
見ていいよ、の声が聞こえた。
他人の携帯を見るのは少しだけ窮屈に思えたが
岡田はそれを素直に受け取る。折角だから、そう思った。


余り有り得ない事でもある、の携帯には二桁の新着メールが。
内容は同じようなものばかりだった。
会いたいだのやらせろだの電話頂戴。
はアドレスが流れたと言っていた、頻繁に起こる事だとは思えない。
いいのどうせ今日の内にアドレス変えるから
だから岡田のメールは毎回には届かない。


「お前今日も教室いなかったよな」
「何?」
「仲いいやついねーの」
「心配してくれてんの?それ・・・」


余計なお世話って言葉知ってる岡田。
これだけの人数が共存する場所で一人を貫くのは酷く草臥れるだろうと。
殻を固く固く何ものをも通しはしない、何も入り込みはしない入り込めない。
危害を加える人間も入り込めない殻には傷すらつかない、
は一人殻を厚くしてそうして一人になる。


「あ〜のさぁ、」


少しずつの事を知り始めて
そうして尚更好きになっただなんて笑い話にもなりはしない。
そうしてはそんな話をとても嫌うのだと、
それも知り始め少しだけ理解した振りをして得た情報だ。


「俺お前の事好きなんだけど」
「・・・まだ言ってるのあんた」
「お前一回も答えてねーし、」


まあいいけど、もういいけど。
岡田はそう言い浅く笑った、
はそんな岡田の横顔を焼き付けた。
岡田を拠り所にしている部分があった、
その部分は徐々に大きくなっている。
本当の事を言わない理由等とっくに理解しているのだ、
只酷く臆病なだけだ自分が悪いだけだそれなのに。


「部活」
「え?」
「部活あるんでしょ、行きなさいよ」


はそう言いきり立ち上がる。
もうちょいで抜け出せんじゃん頑張れよお前。
岡田はずっと待っている。
もう少しで抜け出せんだよ本当後一歩。
毅然とした様で歩くの後ろ姿を見つめながら岡田はやはり待つ。













翌日は学校を休んだ。
岡田はメールを送るがやはりアドレスが変更されていたらしく
あて先不明でメールは戻って来た。
その次の日もは学校を休んだ。
ずっとかける事の出来なかった番号に電話をかけた。
電源を切っているか電波の届かない場所に―
お決まりのアナウンスが耳に届いた。
その次の日もは休んだ、その次の日も、次の日も。
気になった、岡田はを捜した。学校にはいなかった。
悩んでいる岡田を見て安仁屋が口を開いた。
俺昨日ちゃん見たぜ、安仁屋の声は低かった。
とある駅のホームをは歩いていたらしい、
制服ではなく私服だったと。
毎度険しい表情をしているが尚更険しい顔をしていたらしい。
何かあったに違いない。













知らない男に腕を引かれそれをどうにか振り払おうとも
男の力はとても強くはそれでもどうにか逃げようと。
辺りの人間は誰一人として助ける事もなかった。
あの大量のメールの中のどれか一つだ、原因はそれだ。
このまま攫われ犯られてそうして、あたしが悪かったのかなあ、
何てそんな事を考える。
誰とも分かり合えるはずはないのだと、
そう簡単に分かりあえれればこんな状況には陥らないはずなのに。
それなのにどうしてこうも淋しいのだろう。


「・・・・・・・おい」
「何だテメー!!」


問答無用で殴り倒された男を見下ろす間もなくは再度手を引かれる。
パッと見では分からなかった、今でも本当は半信半疑だ。
もし本当ならば半年振りくらいの再会だろうか、それよりも一体何故。


「江夏」
「お前超人気者じゃねー?」
「あんた何で、」
「俺のメール読んだかよ


わざとらしくそう言い笑う江夏を見ていた。
は眉をひそめ腕を振り払う。
事件を起こし学校を去ったこの男とはきっと
一番仲がよく今考えても相当仲はよかった。
互いに立ち入らない関係、江夏は悪い噂など微塵も気にはしないし
もそうあればよかったのかも知れない。それは無理だった。


「・・・・あんた何で」
「こっちにもきてんだよ」
「ああ・・・・・」


ああそう、の声は少しだけ勢いを緩め
江夏は案の定といわんばかりにを見下ろした。
アドレスを江夏に知らせたのは何も知らない柴田の馬鹿だった。
柴田はショウのアドレス(しかもの事を知っているわけがない)
にメールを送り返事がないと憤っていた。
江夏も試しに送ってみた、返事は案の定なかった。


「まぁだゴタゴタ続いてんのか?」
「何の話、」
「あの女名前何つったっけ・・・あ〜〜っと・・・」
「あんたくだらない事ばっかよく覚えてるわね」
「は!」


は誰の事も好きにはならないと言っていた。
馬鹿じゃねぇのこの女、江夏は内心そう思いながらの話を聞いていた。
話をするにつれの事をどうこうしたいという思いはなくなったいた。
それはそれで不思議な話だと思った。
頑なに何かを拒否し続けているこの女の事が酷く間抜けに見えていた。
それは今でも変わってはいない。


の事が好きだった自分が遠くから今を見ている、嘲笑している。
居た堪れなくなる、何で俺がんな思いしなきゃなんねぇんだよ、
まったく総てがくだらなく思えて仕様がない。


「おい、」
「何」
「いーからこっち向け」
「嫌よ」
「うるせぇ、」


何故そんな行動をしてしまったのか、その理由は未だに分かりはしない。
只言い訳を考えるのならばもう同じ場所にはいないから、
二度と顔を見ない関係もありかと思えたから。
どの道学校で顔を合わせるような事にはならない。


にキスをした、目なんて二人とも閉じなかった。
視線ばかりがかち合い腹の中で見てんじゃねぇよ、江夏はそう呟いた。
ヌルリと唇が滑って化粧品の匂いが広がった、
のグロスは匂いはおろか味まで妙に甘く少しだけそれが嫌だった。


少しの間脳死状態だったがふと我に返り江夏の胸を強く押す。
特に抵抗する事なく江夏は身体を離した、も離れた。
あんた何やってんのよ、の声ばかりが無粋に響いた。
多分、多分だ確証はない。
顔の感じで何となく、きっと今自分は笑っているだろう。
とてもとても優しくない笑顔を浮かべている事だろう―


はやり場のないわだかまりを握ったまま江夏に背を向けた、
何も言わずそこを立ち去った。 江夏も江夏で言い訳なんてせず
の背中を少しだけ見送った後自分も帰路についた。













「お」
「・・・・何よ」
「今日は来てんじゃん」


本当は心底驚いていたが岡田はあえてそれを隠し笑った。
はいつもの場所にいた。 ふと消息を絶つのはの悪い癖であり
今となっては岡田自身それに振り回される事はない。
何となく顔を見れた、それだけでいいと思った。

岡田は絶対にイイ奴だと思うんですよねー。
後、江夏はエロい。顔が。