「あんた何馬鹿面下げてんのよ」
「何それー!!」
「デレデレしちゃって」
上機嫌の緑川が自分が表紙になった雑誌を
見せに来たのは夜半過ぎの事だった。
こんな時間帯に一体何の用よ。
インターフォン越しにがそう言えば
相変わらずの調子で笑う。
「帰って」
「ええーっ!?無理無理」
「帰れ馬鹿」
「ちょっ、マジお願い!!ってば!!」
僕今記者の人とかに追われてて
今更このマンションから出れないんだって。
オートロックのマンション、
そこのホール内に緑川はいるらしい。
つけっぱなしのTVにはこの男のCMが、
は溜息をつく。
「もてなさないわよ、あたし」
「何言ってんの、」
そんなのいつもの事じゃない。
緑川はめげない。
昔から馴染みのこの男は
あの頃のままサッカー選手とやらになっていた。
□
□
□
■
■
□
□
□
そりゃあもう随分ガキの頃から知り合いで、
そうして高校も一緒で。
緑川はあの通り非常に調子のいい性格なものだから
小生意気な性格でもやっていけたようで―
はグラウンドを見下ろす。
生徒会長などをやっていたにとって
サッカー部の強さは少しだけ迷惑だった。
「だ〜か〜ら〜!!」
「駄目」
「ってばぁ!!」
先輩から頼まれたらしい。
緑川は生徒会長であるに部費の値上げの直談判に出た。
悪いわねでもあたしは歴代の生徒会長みたいに、
運動部に弱いキャラじゃないから、
生徒会長兼弓道部の部長を務めるは引けを取らない。
「マジお願い!!」
「却下!」
しかし緑川もしつこい。
結局はその足で校長室へ向かい
サッカー部の部費の件を検討する事になる。
そうだ、あの頃からそうなのだ―
緑川の言う事を自ずと聞いてしまう自分がいた。
□
□
□
■
■
□
□
□
ロックを外したままは自室内で溜息をつく。
緑川は数分足らずで姿を見せるのだろうし
別にもてなすつもりはないのだから
大してする事はないのだ、部屋でも片付けるべきなのか。
「!」
「黙って入って来て」
ドタバタと派手な足音を立てながら緑川はドアを開く。
ちょっとこれ見た!?
騒ぎ立てる緑川の手の中にあるのは一冊の雑誌、
サッカーとはまるで関係のない男性用のファッション誌―
そんなの見ないわよ、の視線は未だTVの方だ。
「すっごく格好いいんだって、見て見て!!」
「あ〜〜〜うるっさいわねぇあんたは!!」
まるで世話を焼くようには緑川の方に視線を向ける。
きょとんとした表情をぶら下げた緑川は
の顔を見ニコリと笑み見たい?と。
仕方ない、もう見てあげるわよ。
はそう言い右手を差し出す。
その時視界の隅に少しだけ翳った残像―
緑川が珍しく焦った表情を浮かべた。
□
□
□
■
■
□
□
□
「違うって・・・」
「何が?」
「いや、だからこれは・・・・」
「何弁解してんのよ」
溜息交じりにそう呟いたは緑川を見る。
極力内面は表に出さず、動じてはいない振りを。
別にあたしはあんたの事どうも思っちゃいないわよ―
平常心の振りをした。
画面にうつったのはワイドショウのトップ記事、
緑川と某アイドルの密会のスクープ記事だ。
「可愛いじゃない、あんたのお相手」
「ちょっと―」
「何」
目の奥のほうでじっとを見つめる。
表情豊かな割には本心の見えない緑川が
をじっと見つめればは心底嫌そうな顔をする。
ちょっと一体何の真似なのよ、はTVを消した。
「用は済んだんでしょ、帰って」
「まだ済んでないって!!」
こんな誤解されたまんまじゃ帰れないよ。
大袈裟な声で緑川はそう叫ぶ。
弁解も何も真実じゃない、がそう言えば
だけは分かってくれるって信じてたのに―
やけに重い言葉を。
「信じる・・・・?」
「マスコミに踊らされないでよ」
「はぁ!?」
緑川が他のどんな女と付き合おうとも実際関係がない。
しょっちゅうここに訪れるのも頻繁に電話がかかってくるのも
終わる予定はないし、只幼馴染だから。
「僕はずっと変わってないんだって!!」
「はい?」
「覚えてないの――!?」
「ちょっと待って一体何の話・・・」
その時ふと思い出した。
恐らくは悪戯な偶然だ。
高校時代無理矢理参加させられた体育祭の打ち上げ、
酒をかっ喰らった挙句の告白を。
□
□
□
■
■
□
□
□
「あれ冗談じゃなかったの?」
「超本気だったって!!うわショック!」
酒に酔わされに抱きついてきた緑川は
呂律の回らない口調でに囁いた。
好きなんだけど付き合わない?
ちょっともう絡み酒?勘弁してよ緑川―
はその告白を一蹴す。
「ずっと好きだったのに」
「え〜〜〜??」
「信じてないし!」
「信じれないし」
仕切りにの返事を待つ緑川が物珍しい。
は曖昧な返答を続ける。
いつか来るだろうとは思っていたこの感触、幼馴染が崩れる。
ある日突然緑川はJリーグの花形選手になっていて、
そうして顔を合わせる事もなくなるだろうと思っていたのに
この男はの予想を上回った行動を。
「本当本当、僕ずっとの事が好きなんだって、」
「それで?」
「付き合おうよ」
「ん〜〜〜」
「迷う必要ないじゃん」
見透かされたように顔を覗き込まれは片目を瞑る。
好きだった事を見抜かれている、何だか嫌な話よこれ―
は目を開くと緑川の額を指先で軽く小突いた。
□
□
□
■
■
□
□
□
耳に五月蝿い着信音が響き渡る、
は苛立った顔でそれを手に取り叫んだ。
「もう一体何回かければ気が済むのよ!!」
「誤解なんだってば!!」
「分かったって言ってるじゃない!!」
電話の内容はまるで変わらず、
毎度の如く週刊誌等にスクープされた
緑川と誰かの写真の弁解だ。
何もないんだって本当に、
緑川は相変わらずそう言い
いい加減面倒臭くなったは相槌だけを返す。
「怒ってない?」
「怒ってないわよ、ちょっともういい?」
「やっぱ怒ってるって!!」
電話口で一人騒ぐ緑川の姿が容易に目に浮かぶ。
噂などはなから気にしていないは
緑川にばれないよう一人苦笑し電話を切った。
□
□
□
■
■
□
□
□
「あ〜〜っ、!!!」
「うるせぇぞ!!」
ロッカールームで騒いでいた緑川に
怒鳴り散らす伊武の声が
遥か彼方フィールドにまで響き渡ったと言う。
昔のサイトにあった緑川、幼馴染のリクです。
最後に少しだけ登場する伊武…