マゼンタバヲイ

「あんた何馬鹿面下げてんのよ」
「何それー!!」
「デレデレしちゃって」


上機嫌の緑川が自分が表紙になった雑誌を
見せに来たのは夜半過ぎの事だった。
こんな時間帯に一体何の用よ。
インターフォン越しにがそう言えば
相変わらずの調子で笑う。


「帰って」
「ええーっ!?無理無理」
「帰れ馬鹿」
「ちょっ、マジお願い!!ってば!!」


僕今記者の人とかに追われてて
今更このマンションから出れないんだって。
オートロックのマンション、
そこのホール内に緑川はいるらしい。
つけっぱなしのTVにはこの男のCMが、
は溜息をつく。


「もてなさないわよ、あたし」
「何言ってんの、」


そんなのいつもの事じゃない。
緑川はめげない。
昔から馴染みのこの男は
あの頃のままサッカー選手とやらになっていた。













そりゃあもう随分ガキの頃から知り合いで、
そうして高校も一緒で。
緑川はあの通り非常に調子のいい性格なものだから
小生意気な性格でもやっていけたようで―
はグラウンドを見下ろす。
生徒会長などをやっていたにとって
サッカー部の強さは少しだけ迷惑だった。


「だ〜か〜ら〜!!」
「駄目」
ってばぁ!!」


先輩から頼まれたらしい。
緑川は生徒会長であるに部費の値上げの直談判に出た。
悪いわねでもあたしは歴代の生徒会長みたいに、
運動部に弱いキャラじゃないから、
生徒会長兼弓道部の部長を務めるは引けを取らない。


「マジお願い!!」
「却下!」


しかし緑川もしつこい。
結局はその足で校長室へ向かい
サッカー部の部費の件を検討する事になる。
そうだ、あの頃からそうなのだ―
緑川の言う事を自ずと聞いてしまう自分がいた。













ロックを外したままは自室内で溜息をつく。
緑川は数分足らずで姿を見せるのだろうし
別にもてなすつもりはないのだから
大してする事はないのだ、部屋でも片付けるべきなのか。


!」
「黙って入って来て」


ドタバタと派手な足音を立てながら緑川はドアを開く。
ちょっとこれ見た!?
騒ぎ立てる緑川の手の中にあるのは一冊の雑誌、
サッカーとはまるで関係のない男性用のファッション誌―
そんなの見ないわよ、の視線は未だTVの方だ。


「すっごく格好いいんだって、見て見て!!」
「あ〜〜〜うるっさいわねぇあんたは!!」


まるで世話を焼くようには緑川の方に視線を向ける。
きょとんとした表情をぶら下げた緑川は
の顔を見ニコリと笑み見たい?と。
仕方ない、もう見てあげるわよ。
はそう言い右手を差し出す。
その時視界の隅に少しだけ翳った残像―
緑川が珍しく焦った表情を浮かべた。













「違うって・・・」
「何が?」
「いや、だからこれは・・・・」
「何弁解してんのよ」


溜息交じりにそう呟いたは緑川を見る。
極力内面は表に出さず、動じてはいない振りを。
別にあたしはあんたの事どうも思っちゃいないわよ―
平常心の振りをした。
画面にうつったのはワイドショウのトップ記事、
緑川と某アイドルの密会のスクープ記事だ。


「可愛いじゃない、あんたのお相手」
「ちょっと―」
「何」


目の奥のほうでじっとを見つめる。
表情豊かな割には本心の見えない緑川が
をじっと見つめればは心底嫌そうな顔をする。
ちょっと一体何の真似なのよ、はTVを消した。


「用は済んだんでしょ、帰って」
「まだ済んでないって!!」


こんな誤解されたまんまじゃ帰れないよ。
大袈裟な声で緑川はそう叫ぶ。
弁解も何も真実じゃない、がそう言えば
だけは分かってくれるって信じてたのに―
やけに重い言葉を。


「信じる・・・・?」
「マスコミに踊らされないでよ」
「はぁ!?」


緑川が他のどんな女と付き合おうとも実際関係がない。
しょっちゅうここに訪れるのも頻繁に電話がかかってくるのも
終わる予定はないし、只幼馴染だから。


「僕はずっと変わってないんだって!!」
「はい?」
「覚えてないの――!?」
「ちょっと待って一体何の話・・・」


その時ふと思い出した。
恐らくは悪戯な偶然だ。
高校時代無理矢理参加させられた体育祭の打ち上げ、
酒をかっ喰らった挙句の告白を。













「あれ冗談じゃなかったの?」
「超本気だったって!!うわショック!」


酒に酔わされに抱きついてきた緑川は
呂律の回らない口調でに囁いた。
好きなんだけど付き合わない?
ちょっともう絡み酒?勘弁してよ緑川―
はその告白を一蹴す。


「ずっと好きだったのに」
「え〜〜〜??」
「信じてないし!」
「信じれないし」


仕切りにの返事を待つ緑川が物珍しい。
は曖昧な返答を続ける。
いつか来るだろうとは思っていたこの感触、幼馴染が崩れる。
ある日突然緑川はJリーグの花形選手になっていて、
そうして顔を合わせる事もなくなるだろうと思っていたのに
この男はの予想を上回った行動を。


「本当本当、僕ずっとの事が好きなんだって、」
「それで?」
「付き合おうよ」
「ん〜〜〜」
「迷う必要ないじゃん」


見透かされたように顔を覗き込まれは片目を瞑る。
好きだった事を見抜かれている、何だか嫌な話よこれ―
は目を開くと緑川の額を指先で軽く小突いた。













耳に五月蝿い着信音が響き渡る、
は苛立った顔でそれを手に取り叫んだ。


「もう一体何回かければ気が済むのよ!!」
「誤解なんだってば!!」
「分かったって言ってるじゃない!!」


電話の内容はまるで変わらず、
毎度の如く週刊誌等にスクープされた
緑川と誰かの写真の弁解だ。
何もないんだって本当に、
緑川は相変わらずそう言い
いい加減面倒臭くなったは相槌だけを返す。


「怒ってない?」
「怒ってないわよ、ちょっともういい?」
「やっぱ怒ってるって!!」


電話口で一人騒ぐ緑川の姿が容易に目に浮かぶ。
噂などはなから気にしていない
緑川にばれないよう一人苦笑し電話を切った。













「あ〜〜っ、!!!」
「うるせぇぞ!!」


ロッカールームで騒いでいた緑川に
怒鳴り散らす伊武の声が
遥か彼方フィールドにまで響き渡ったと言う。

昔のサイトにあった緑川、幼馴染のリクです。
最後に少しだけ登場する伊武…