マリオネットの血A

男性器を食いちぎられた兵士が医務室に運び込まれ
それに続き半死状態の兵士が担ぎ込まれた。
一瞬にして慌しくなった建物内には
濃い血の香りが充満している。
担架に乗せられ呻く兵士の顔を一瞬だが見た。
を日ごと弄んでいた若造だった。


「ぎゃあっ!!」


獣染みた悲鳴が、これは悲鳴かそれとも―――――
雑然と仕切った廊下にスモーカーは一人佇む。
これを真っ直ぐ進めば突き当たりには
が監禁されている部屋に辿り着く。
点々とこびり付いた血潮が乾き酷く黒ずんだ。
背後で足音が、スモーカーは振り返らない。恐らくは。









「大佐!!」
「来るんじゃねェ、たしぎ」
「えっ?」
「お前は下がってろ」


溶解炉が爆発した、手はつけられないに違いない。
あの日スモーカーが顔を合わせあれ以来の再会だ。
半月ほど経過した今でもの身柄は
あの場所から動かされず相変わらずの暴行が行われていた。
死ぬまで飼い殺す気かも知れない、
スモーカーはそう思いもそれに気づいていただろう。
部内の士気を上げる為に売春婦投入。
たしぎはその事を知らなかったと思う。
男の兵士と大佐から上の階級の人間しか知らないはずだ。
たまたま偶然顔を合わせたヒナが至極不愉快そうにその旨を話していた。
の身が拘束されている場所はトップシークレットであり
官僚クラスには指定の位置に回収されたと報告されている。


「脱走があったと、」
「いいや違うなそりゃあ」
「何ですか・・・?」
「迂闊に手を出すんじゃねェ、」


死ぬぞ、スモーカーの音質に幾分ノイズが混じっている。
廊下に充満している淀んだ空気に閃光が混じった―――――ー
たしぎは目前を見据える。
遥か彼方から女が一人こちらに向かい歩いてくる。
女は片手に何かを引きずり、あれは人だ。
血塗れの女が血塗れの男を引きずり歩いて来る。


「大、佐」


酷く驚いたのは何も彼女が血塗れだったからだけではない。
確かあの日スモーカーと共に捕らえた彼女が
見る影もないほどやつれ切っているからだ。
支給されているはずの衣服すら身に着けてはおらず、
兵士達の着ている服を羽織った彼女は酷く殺気立って、酷く恐ろしい。
スモーカーはそんなを見据えたまま微動だにせず立ち尽くしている。


「・・・・、」
「退きな、」
「有言実行か、大したモンだな」
「あんたとお喋りしてる場合じゃないんだよ」


既に事切れているのだろう、あの男は。
どうせこの中で起こった事も全ては事実でなくなる、
違法な行為を繰り返しその挙句死んだ兵士の事等
表沙汰に出来る道理がない、全てはなかった事に。
の頬が腫れている、力任せに殴られていたに違いない。


「その女も殺してやろうか」
「引き金は何だ」
「ああ、」


苛々する。
溜息のように吐き出された。
まったく苛々する、が鳴く。
躯を放り投げたは壁で血潮を拭い
体液のこびり付いた髪を手櫛で梳いた。
獣のような匂いがする。


「ここを出る前に一つだけ聞いてもいいかい、」
「・・・何だ」
「クロコダイルはどうなった」


喉の奥が焼けるような気がしスモーカーは息を吐き出す。
は全てを知ってしまったのか。
恐らく情報はあの若い兵士達だろう。
迂闊に口を滑らせたのだ、だからは生き返った。
もうここに用はないと、
笑える言い方をするのならば精気が戻ったのか。


「どうする気だ」
「あんたに話す義理はないだろう」


いい目に遭わせてもらったよあんた達には。
細い手がゆっくりと持ち上がり指先がスモーカーを指す。
の身柄を拘束している場所が
露見してはならない理由は他にもあった。
この女を助けに来る輩がいないとも限らない。
恐らくが拘束されている事実さえ公には知らされていないだろう。


「誰がやった」
「・・・・」
「あたしの獲物を横どったのはどこのどいつだって聞いてるんだよ!!」
「お前と同じ、」


海賊だ。
スモーカーの声が木霊し、
は片眉を吊り上げ怪訝そうに小首を傾げる。
お前の知らねェ若造だ。
そう補足すればようやく納得したとばかりに笑った。薄く笑った。
の放つオーラにたしぎも気づいている。
恐怖を知っている分この部下は利口だとスモーカーは思う。
は女では海賊では、
どちらが被害者でどちらが加害者だ。
いいや海賊は悪で海軍が正義、それしかない。


「・・・・大した正義だこの悪党共が」
「ぁ・・・・」
「大して変わりもしねェ、あんたも、あたしも」


そこの女もな。
の腕が大きく振り下ろされガラスが打ち割られる。
潮風が強く吹きつけはそこから飛び降りる。
スモーカーもたしぎも動きはしない。
本当は無力なのかも知れない、
何をすればいい何が出来る。何も出来はしない。
は泣いていたか、その涙は悪党の涙だったのか。
は海賊で、だからどんな仕打ちをうけても
誰も咎められなかったというのか。
―――――何が悪い。


「スモーカー・・・・さ、ん」
「・・・・・・・・・」
「失礼します・・・・」


たしぎも泣いていたのかも知れない。
ふとの飛び降りた窓辺から下方を見下ろせば
目前を炎が翳った、さして驚く事もなくスモーカーは先を見る。
バイクに乗った男の後、そこにぐったりともたれかかった女が
冷えた眼差しばかりを向けているライダーの男があの男だ、エース。
あんな眼差しで見られる為に海軍に入ったわけではないはずなのに
―酷く心が揺れる気がした。









何もかもお見通しさ全部が全部苛立つ方向に向かっていやがる。
の手は酷い痣に彩られそれはエースの胴回りに巻きついている。
風の噂を耳にした、黒ひげを追っている自分でなければ届かなかっただろう。
陸地を転々としていたからこそ耳に届いたの声
―――――迎えに来て頂戴。
予想はついた、だから尚更血の気が引いた。
の顔が背にあたっている、意識は定かか。
近い香りがしている。
根源はの身体であり、
この匂いは自分に酷く近い香りだ。精液の匂いだ。
咎める気等毛頭ないが何分この
知り合いでありそれにしても酷過ぎる、
弱者がよってたかって弱者を辱めたというところか。
エースはぼんやりと海の方向を眺める、は何も喋らない。


「・・・・・どこに行く?」
「・・・・・」
「なぁ、
「・・・・」


後悔なんてしてはいない。
エースの背は生ぬるい。
スモーカーの背も生ぬるかった。

再UP。
何か海軍に恨みでもあるのか私は…
これは夢ではないよね。