そしてきみとながれた

泣き濡れた人形を掴まえたのはまったくの偶然だった。
酷い雨の日にずぶ濡れのまま、店先に蹲っていた
店内に連れてきたのはウルルであり、店主である喜助は
何も言わず彼女にタオルと温かいお茶を出した。
毎朝八時丁度と夕刻七時辺りに店の前を通る娘だ。


「・・・・・スイマセン」
「いいよ」


雨に濡れてそうして泣いて。
そんな彼女があんまりにも可愛らしかったものだから
喜助は髪に口付けた。




そんな出会いをし早一月が経過する。
はあの後一度だけのつもりで
お礼の品を持ちこの浦原商店に出向き、
その際臨時のバイトとして雇われた。
断る事が出来なかったのは
あの日あんな状態の時に出くわしたからだ。
そうして。


「さてさん」
「ジン太くん遊ぼうか」
「おや?無視ですか?」


この喜助という男がとても苦手で、
反面異常なほど急速に惹かれているからだと思う。
あの日初めて出会ったにも拘らずこの男は
可愛いですね、などと戯言を口走り
泣いていたは泣き止む。


「・・・何ですか?喜助さん」
「ちょっくらお話でもしましょう」


さあさあこちらに腰を下ろして。
パン、と扇子で叩かれた畳を見下ろした
未だまるで整理の出来ない頭と心を見つめなおす。
あんなに痛い目を見た後じゃない。
いつだってそれでセーブしてきた。


「お話って、何ですか?」
「あたしが決めてもいいんです?」
「それはどういう―――――」


ふと気付けば毎回聞き耳をたてている
あのおちびさん二人の姿も消え
この店がこんなに静かなのは初めてだと思った。
急に居た堪れなくなり思わず立ち上がろうとするが、喜助はそれを許さない。
とてもとても酷い目に遭われたんですね。
先に口を開いたのは喜助だった。


「いい加減に愛されちゃいましたか」
「えっ」
「それでまた馬鹿正直に傷ついたんでしょうねェ」


その素直さが◎。
一人勝手に頷く喜助は何を考えているのだろう。


「喜助さん、それってあたしの話です?」
「そうです」
「うん?」


いまいち状況が把握できずにいるは聞き返す。
喜助の顔が近づく。
そのカレとはどこまでいきました?
キスくらいしましたか?
喜助の唇ばかりを見つめていれば距離感さえなくし、気付けば口付けていた。
の手が喜助を突き返す。喜助の手がの手を掴んだ。


「なっ、」
「あたしは一月待ちました」
「何を、」
さん」


気付かないまんま終わらせるんですか。
喜助は真っ直ぐにの目を見ている。
やたら恥ずかしくなり視線を逸らせば、もう一刻距離が近づいた。


「あたしが助けてあげましょう」


淋しがりやなあなたを。
まるで宣伝文句のように出来過ぎた言葉で喜助は喋る。
それなのに、そんなうわついた言葉にも拘らず
どうしたものかすっかりと骨抜きになってしまった
宜しくお願いしますだなんてわけの分からない言葉を呟き、喜助の胸にもたれた。

再UP。
喜助が変態のようだ… 2004/8/29