自分が凡人だという事は重々承知だ。
だから俺は努力を惜しまない、スポーツ選手にゃ二つのタイプがある。
天才と秀才、この二つだ。
例を上げるとすりゃ天才は高杉で秀才が騎馬、俺も騎馬の類だ。
「ちっ・・・・携帯も繋がらねえか」
時折入ってきていたらしいメールに返事を出さなかったからか、
最近はメールもあまり入ってこず通信手段がない。
言い訳はどれだけでも出せる、練習で疲れてる、明日試合があるから。
博多デルフィネスの試合を見には来ているらしい。
だからその後でも控え室に顔を出せばいいのに。
「・・・」
俗に言う彼女、しかし恋人同士というには希薄すぎる。
と槌矢は優に二月は顔を合わせておらず、その内一月は連絡すら取り合っていない。
それで恋愛関係が成立しているというにはあまりにも勝手過ぎると我ながら思う。
少々オーバーワーク気味に練習をし終えた槌矢は携帯を置いた。
早朝練習の為グラウンドに出ようとしたタクローは
ゆっくりと階段を降りてきた槌矢に声をかけたが無視された。
ちょうど寺元の肩の上に乗っていたタクローは、
その槌矢の態度を不信に思い寺元にその旨を聞いてみた。
「何ね、今日はやけに機嫌の悪かね」<何だ?今日はやけに機嫌が悪いな>
「そがんたい、たま〜に槌矢はそがんなる」<そうなんだよ、たまに槌矢はそうなるんだ>
「ははあん・・・の事たいね」<ははあん・・・の事だな>
「何ち?あいつの女か?」<何?あいつの女の事か?>
「そうったい」<そうだよ>
―馬鹿が・・・筒抜けなんだよ・・・
何故かしら朝から軽いストレスを感じていた。
ああ、もういいから放っといてくれ、原因は分かる。
―に会いてえな
目の前に広がるフィールドを見ながら奇妙な両天秤を思い描く。
両方大事、なんてそんな我侭は通用しない。
サッカーが大事なのだ、毎日毎日その思いを重宝し中途半端に避けてきた。
ソロリソロリ、無音で衝動が襲い掛かる。
強迫観念にも似たそれ。
「寺元!!ちょっと付き合え!」
練習に集中出来ない自分を知り、
槌矢は寺元を呼びワン・ツーの練習を半ば強引に始めた。
「ねえねえ、タクロー君」
「・・・・ん?」
「ほら、差し入れ」
フェンス越しに差し入れを見せられたタクローは、
フェンスをよじ登り反対側へと飛び降りる。
「ちょ、ちょ、みんなにもあげてよ!?」
「分かっとーたい分かっとーたい!!」<分かってる分かってる!!>
「まったく・・・・」
そのままから差し入れを取り上げ
喰いつくタクローを見ながら溜息を尽くと視線を戻す。
正面のずっと先、そこに槌矢はいる。
―ああ、やってるやってる・・・
僅かに笑いながら視線を送っているを見上げたタクローは
喰う事を止めずに口を開いた。
「何ね姉ちゃんネコ目の兄ちゃんに会いたかとね」<何姉ちゃんネコ目の兄ちゃんに会いたいのか>
「じっと見よったい」<じっと見てるから>
「そんな事ないって」
「ネコ目の兄ちゃんも姉ちゃんに会いたかったい」<ネコ目の兄ちゃんも姉ちゃんに会いたいんだ>
「え?」
「そのせいで機嫌の悪かったい」<そのせいで機嫌が悪いんだよ>
「本当?」
―なあ、側にいてくれるか?
随分昔の事だ、まだまだJ2リーグで槌矢自身苦労していた頃の話。
槌矢の脛には日に日に傷が増え飢えは癒えぬまま槌矢は荒れた。
に対する態度さえも手荒いものになり、
そういえば会う度に泣いていた事も思い出す。
そんな折、槌矢がふと口にした。
『お前だけは側にいてくれるか』
その時は本気なのか冗談なのかが分からずに
当たり前じゃない、そう答えたのだが今になり思う。
本当にあの時限りだったのかも知れないと。
「ねえタクロー君、ちょっと聞いてくれる?」
「何ね」<何だよ>
「あいつね、人間やめるって言ったんだよ」
「何ち?」
「馬鹿だよね・・・・」
一人そう呟き笑うを見ながらタクローもつられて笑った。
「っつ・・・もっと、もっと強くだ!!」
削られる左足を見つめながら槌矢がそう叫ぶ。
そのまま日は暮れ練習は終了、槌矢は相変わらず一人で練習を続けていた。
「槌矢、まだ続くっとか?」<槌矢、まだ続けるのか?>
「ああ」
寺元にしがみ付いていたタクローはそんな槌矢を見てニヤリと笑う。
そうしてそのまま叫んだ。
「もうじき姉ちゃんの来ったい!!」<もうじき姉ちゃんが来るぜ!!>
「何?」
意味が分からずに槌矢が顔を上げる。
しかしタクローは笑ったまま他には何も答えず、寺元と共に寮へと戻った。
軽い足音が聞こえた。
スパイクのものではない。
部外者は立ち入り禁止だぜ、そう言おうと思い槌矢は振り返る。
目を見張った。
「・・・?」
「よ」
軽く手を上げたは照れくさそうにそう呟くと笑った。
「頑張ってるね、郡司」
「・・・そうでもないっスよ」
「またまた〜」
一瞬目の開いた槌矢はじきに、
いつもの猫目に表情を戻しボールを扱い始める。
もでそれを只じっと見ていた。
―突飛した才能もなけりゃ目を惹く技術もねえ。
だったら死ぬほど練習してそんな奴らに追いつくしかねえだろうが
二重人格はそれ故に生み出したものだと。
油断させなければ、隙をつかなければ。
「試合見てたよ郡司」
「あ、そうっスか」
「何?その他人行儀さ、酷いなあ」
郡司の目は猫みたい、滅多に開く事がない。
いつも真昼。
「試合来てたんならその時に来ればよかったじゃないスか」
「だって・・・今や全国的に有名な槌矢選手に正面から会いに行けるわけないでしょ?」
「今まで・・・何してたんスか」
「え?」
「俺、昨日電話したんスけどねえ・・・繋がらなくて」
「本当!?あれ・・・何でかな」
大きく足を振り槌矢はボールを蹴った。
乾いた音が響き半径の大きな弧が描かれる。
「なあ、お前がどこかに行ったら俺、人間やめるぜ」
「え?」
「嘘っスよ」
コロリと態度を変えた槌矢を見ながら腹の内を探る。
突然真摯になった声、開いた目。
冗談ではない事だけは確かだ。
「猫・・・」
「は?」
しゃがみ込んだままは槌矢に手を伸ばす。
槌矢はその手を掴むとを立ち上がらせた。
又、携帯が繋がらないネタ!?
そうして方言の説明付き!?