残像、それだけで

こんな街で花木九里虎が声をかけた女は数知れない。
あの花木九里虎だ。あの有名な鈴蘭高校の中最も有名な男―――――
そんな九里虎は今日も元気に勤しんでいた。
野郎共の中名の知れ渡ったこの男は流石に有名であり、
少しだけ不真面目な女の子の間でも有名だ。
要は男女問わず有名だという事。


「おねえちゃん今暇ね?」
「あたし?」
「そ!あんた今グラサンで顔隠しとるばってん物凄可愛かやろ?わしには理解るったい」
「へ〜え」


九里虎が本日声をかけたその彼女は、60’ばりの大きなサングラスをかけていた。
そうしてその年代にとてもマッチした栗色のストレートヘアは肩より少し長い。


「これ見てもそんな事言える?」


彼女はそう言いながらサングラスを外し右側の髪をかきあげた。
九里虎の想像通りの顔には想像外のものがあった。
まったく似つかないものが、決して見慣れてはいないそれ。


「ど・・・どがんしたとねそれ」
「驚いたでしょ」


みんなそうよ、あんただけじゃないわ。
彼女はそう笑いすぐにサングラスをかけ直す。
あてが外れたようで残念ね九里虎君、
名乗る前に彼女は九里虎の名を呼び颯爽と踵を返す。
その直後九里虎の携帯が鳴り彼女とはそれで別れた。


「お」
「よーよー元気しとるね」
「九里虎さん!!」


九里虎が学校にいるという事事態が結構珍しい。
だからそんな彼の姿を見かけた月島花は威勢良く挨拶をする。
そんな九里虎の後ろには黒澤がいて、それはある種当たり前の光景になりつつある。
何か用があったのかと思えば九里虎は花の頭をグリグリと撫で回し去っていく。
やはり風変わりな男である。


「珍しいじゃねーか、お前がこの時間にいるなんてよ」
「ちぃ〜っと聞きたか事のあっとばってん」
「俺にか?」
「ここに、こう傷の入っとる女ば知らんね」
「左頬に?」
「左頬からこめかみにかけてったい」
「・・・どんな女だよ」
「よか女ったい、ありゃ惜しか事ばした」


よくよく話を聞けば九里虎は、
その左頬からこめかみにかけて傷の入った女を捜しているらしい。
そんな印のある女ならば目立つだろう。
そうして顔に傷のある人間に聞けば、
何か分かるんじゃないかというわけの分からない理屈ではあった。
残念ながら九里虎の目論見は予想外に外れ、
黒澤はその女の事を知らなかったがこの鈴蘭には顔の広い男がいる。


「そりゃ、だな」
「・・・あのか?」
「おう、あのだ」


A校舎屋上へ向かった九里虎が、
黒澤の次に声をかけたのがかのゼットン(花澤三郎)と米崎だった。
二人は九里虎のちょっとした情報だけで勝手に話を進める。


「最近話、聞かねーな。
「俺はたまに聞くぜ」
「何でだよ」
「ありゃ、手のつけられねェじゃじゃ馬だからな」
「中学ん時は酷かったけどな、最近そうじゃねェらしいじゃねェか」


ようやく女らしくなってよかったよかったってとこじゃねェのか、
米崎はそう言い笑う。
実は米崎とその彼女―――――
は中学の同級生でもある。
何か思い出したのか米崎は一人思い出し笑いなんてしているし、
ゼットンに至っては遠いお空を眺めながらうんうんと頷く始末だ。


「何ね。そいはどがん意味ですかね」
「どうもこうもなぁ・・・何だ?お前。今度は狙いか?」
「やめとけやめとけ、ありゃ女じゃねー――――」
「そいはわしが決める事ですばい、教えてくれんですかね。その、ちゃんのこつ」


やたら真摯な感じの(まったく九里虎には似合わない形容詞ではあるが)
九里虎に対し一度だけ顔を見合わせたゼットンと米崎はの話をし始める。
の話は少しだけ有名だった。




彼女の父親は特殊な人間だったらしい。現在は刑務所にいるという話だ。
幼い頃を置いて母親は逃げ出した、父親の暴力に辟易しての事だと。
そんな父親の元に残されたは、
幼い頃から多大なる暴力に押し流されそれでも懸命に生きた。


ちゃん」
「・・・あんた!」
「又会うたばいね」
小学校に上がる辺りからの存在はその地域周辺では有名になっていた。
父親譲りの血の気の多さ、そうして止むに止まれずの万引きや窃盗。
生きる為に仕方のない事だと交番で警官に対し噛み付いたの話は有名であり、
そんな事があっても父親は引き取りはおろか家にさえいない事の方が多かったらしい。
は幼い頃から荒れた、やむを得ず。


「こいは運命ばい」
「あんた、確か鈴蘭だったわよね」


中学に上がりは尚荒れた。
男とでも平気で殴り合いをするは、
流石に経験の長さと桁外れの根性で確固とした地位に上り詰める。
血の気の多い土地柄だ、成長を重ねる同世代の男子の中、
はそれでも自分を貫き通した。


「誰に聞いたのよ、米崎?」


確か中二の頃だという。は突然学校に来なくなった。


「ボクはあんたが気に入ったったい」


そうして丁度一月後ようやく登校して来たの顔。
その左半分には頬からこめかみにかけ走る大きな傷跡があった。
は誰にもその怪我の真意を告げなかったし誰も聞けなかった。
小学生の頃からはっきりとした目鼻立ちをしていたは中学に入り、
その素行とは裏腹に目つき以外は美しく造詣されていたというのに。
はそれから又荒れた。


「・・・変わってるねあんた。色々話は聞いたんでしょう」
「他人の言う事はどがんでもよかけんね。自分の目で見た事だけ信じるったい」
「これが全部よ、これが真実」
の顔の傷、それをつけたのは実の父親だという話。
酒に酔った父親はと毎度の喧嘩となり、
懐に忍ばせていたドスを振り上げた。
寸でのところでそれを避けたの顔を掠めた刃先は傷跡だけを残した。


「あんたは可愛かね、


九里虎の声だけが低く響き、
はどういった類のものかよく分からない溜息を吐き出した。

米崎を出せた充実感
2004/11/30