水面のキリン

大して毎度機嫌のよさそうな面構えではないにしろ、
今日の黒澤は余りにも不機嫌だった。
そんなに不機嫌なら何故今日に限りここ鈴蘭に来ているのだろう―――――
ふとそう思う輩はきっと黒澤の被害にあった奴等だ。
兎も角本日の黒澤はどう贔屓目に見ても機嫌が悪かった。
それだけの事。


「あぁ?」


そうして犬も歩けばの如く黒澤は又絡んでいる。
今日は騒がしいな、誰かが何の気なしにそうぼやいた。




大してくだらない話だという事は百も承知なわけだ、
それはきっと黒澤にしてもにしても。
只黒澤は決して引かないわけだし(きっと性格上のものだ)
の場合はあれだ、きっと意地になっていた。
一度だけ強く目を見たあの瞬間の顔が少しだけ惑った、
しまったという風な表情を浮かべていた。
馬鹿今更引けねーんだよ。
内心そう思った黒澤はそれから携帯の電源を切ったままだ。


「クロサー!!!!」


にしゃ携帯の電源切りっぱなしやろうが。
例え死んでも携帯の電源を切る事はないであろう(壊されることは多々あるとして)
九里虎が大声で叫びながらこちらに向かっている。黒澤は大きな溜息を吐いた。


「んだよ」
「いっちょん連絡の取れんやろうが!!」
「用でもあんのかよ」
「もうすんだ!!」


ご立腹の様子の九里虎はそう叫び座り込んだ。
九里虎の用なんて大した事ではないのだ、
毎度一方的に連絡を寄越され黒澤は振り回されている。
今はそれどころでは、九里虎どころではないというのに。


「決めた」
「あ?」
「黒澤お前、今ここで携帯の電源ば入れろ」
「あぁ!?」
「そうして俺からのメールの多さに嘆くぎよか」


九里虎は勝手に話を進め黒澤の携帯さえ取る。
三日は入れていないだろう。
九里虎からのメールは兎も角、
からのメールは一件でも来ているだろうか。
二日目辺りからそんな余計な不安が顔を出し始め、
尚更電源を入れる事が億劫になっていたのも事実だ。


「そら来たバイ」
「貸せ!!」


強引に奪い取った携帯には未だメールが蓄積され続けている。
黒澤はそれを眺めながら下らない嫉妬心を思い返した。




ひょんな事から猜疑心は簡単に生まれた。
浅いからかもしれないし、
その辺りを深く掘り下げれば信用性の問題にまで発展しかねない。
の出身中学は海老塚中、かの岩城軍司と同じだ。
そうしては結構仲がよかったらしい―――――
中学時代の二人の姿なんてまるでイメージが湧かないのだが。


「軍司先輩格好よくなってたねー」
「・・・」
「中学の頃と大違いだよ、あ、これ言っちゃ駄目だよ和」
「知り合いだったのかよ」
「うん」


だからにしてみれば、
昔の知り合いと顔を合わせ只喜んでいただけだ。
それなのに何だこの気持ちは。


「・・・へェ」


素っ気無くそう応えた黒澤には少しだけ怪訝そうな顔を。
どうかした、がそう囁いた声だけを覚えている。
そうしてその二日後、事件は起きた。
待ち合わせに少しだけ遅れた黒澤を待っていたが絡まれた、らしい。
何故らしいか。
それは黒澤が現場に到着した時には既に、
に絡んでいた輩の姿はなかったからだ。
只その代わりに何故かしら秀吉とマサの姿があった(本当に意味が分からない)
は仕切りに頭を下げていたように思える。


「・・・黒澤?」
「秀吉さん・・・?」
「和!」
「「和!?」」


驚いていたのはきっと秀吉とマサの方であり、
駆け寄ったは(黒澤は五メートル程離れた場所に突っ立っていた)
事の一部始終を説明していた。
秀吉とマサはじゃあな、などと素っ気無い返事を残しその場を去ったが、
その眼差しの中に何だテメー女いたのかよ、
そんな感情がひしめき合っていたような。
明日は鈴蘭には行くまいと黒澤は何気なく心に決める。


「知り合いなの?」
「・・・・・・先輩だよ」
「へー」


何故こうにも知り合いの男にばかりコイツは遭遇しているんだ。
黒澤はを見下ろしながらそんな事を思いようやく
が絡まれそうしてそれを助けたのが
先ほどの二人だったという事を思い出した。
何でお前助けられてんだよ。んで俺は。


「ちょ、ちょっと!?」
「あ?」
「それは和が遅れてきたからでしょ!?」


今思い返してもまったく下らない話だが、
それが原因で今に至っている。誰にも話せはしない。




からきていたメール一覧


【いつまで電源切ってんの?】
【電源切りっぱとかマジでありえないんだけど。ねえ和まだ怒ってるの?】
【ねえ!!ちょっともういい加減にしてよ!!どうも出来ないじゃん!!】
【・・・馬鹿】

秀吉とマサを絡ませる回数の多さ。
そうして九里虎との会話の多さ。
全て愛ゆえです
2004/12/11