物言う花に棘あり











「あ」


又、来たの。
何て随分と呆気ない態度になったものだ。


初めてこの一行と遭遇した時の一触即発ぶりがまるで夢のようで、
どうやらあちらで(まあ、ここでいう所のあちら、とは
にとっての現実にあたるのだが)死にかけると、
一時的にこちらの世界に吹っ飛ばされるらしく、
という事は、又しても死にかけたという事かと記憶を反芻する。


某国の内戦に駆り出され、現地ゲリラを
掃討作戦で焼き払っていたと思うのだが、
そういえば決死の覚悟のゲリラが
爆薬を巻き付けて飛び込んで来たような気もする。
幾ら撃っても止まらなかったあのゲリラ。
窓から逃げたような記憶もあるが、
ここに来てしまったという事は、やはり死にかけているのだろう。


というか、これまで幾度かこちらへ来たが、結果生きていたわけで、
だったら仮に死んでいた場合、元の世界に戻れるのかどうかは分からない。
だからって明治初期の北海道で生きていくのかという、
まあ、そういう話ですよ。


羆は出るわ、そもそも寒いわ、
雇われの傭兵として砂漠や山岳地帯をうろついている身とはいえ、
その環境より文明から遠ざかるのは、いや、ちょっと、やっぱ。
どう考えても無理だろ…。



「…また、お前か」
「銃下げろ、殺すわよ」
「お前こそ、俺に銃を向けるな。殺すぞ」
「お前たち、またやってるのか、それ」
「アシリパちゃん、久しぶり」



互いに銃口を向けたまま尾形を見やる。
こちらの銃の方が圧倒的に性能もいいし(AK-47だし)
何ならこの男はこの銃を狙っているわけで、
本当に油断も隙も無い男だ。


毎度毎度おなじみの挨拶を交わし、アシリパさんにチョコレートを進呈。
どこの国でも子供はチョコレートが好きだ。
まあ、甘いし。疲れている時とか丁度いいですよね。


色んな国に出向く(とはいえ、自分が出向くという事は、
そこは戦地に変わるという事なのだが)際には必ず持ち歩く。



「…寝ないのか」
「あんたこそ寝ないの?」
「不審人物がいる場所じゃあ眠れん」
「あんたがいるとこじゃあ、あたしだって寝れないんだから、
 お互い様じゃないの」
「…」
「寝る前に喧嘩すんなよー」



遅い時間に飛んできたらしく、皆、寝る寸前だったらしい。
火の番でもしてやるかと座っていれば、
尾形が又しても絡んでくるもので、適当に受け流す事にする。
初見の頃から、この男はあたしの事が嫌いだ。



「って事は、あんたも寝ずの番なわけでしょ」
「…よく喋る女だな」
「女って基本、よく喋るんじゃないの。
 あんたの周りの女はどうか知らないけど―――――」



炎の向こう、寝息を立てるアシリパさんを
杉元と白石が挟み込んでいる。



「お前、何でそんな恰好をしてる?」
「…女の癖にって?」



尾形が目線を合わせた。



「口の利き方を知らん女だな」



この時代、女が戦う事はまずなかったはずだ。
女は家を守り子を育て、男は戦い糧を得る。
この時代だけでなく、太古の昔からその理は受け継がれている。
近代化と共に男女同権の風が吹き出すが、これよりもずっと後の時代だ。
だから正直なところ、頭で何となく分かっていてもフィクション感が強い。



「あたしは、傭兵よ。傭兵。雇われ傭兵」
「雇われ…?」
「金で買われて戦争するのよ」
「お前が?」
「別に、無理に信じろとは言わないけどさあ」
「…まあ、いい。話せよ」
「!」
「どうせ寝ずの番だ」



暇つぶしくらいにはなるだろうと、
珍しく尾形が言うものだから、まあ、なんというか。
後に引けなくなった。














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つい先刻までいたのは、某国の内戦地。
軍事政権下のクーデターが長引き、
手を焼いた政府側が大金を詰み、大量の傭兵を雇い入れた。
国としての体裁を保ちつつも、とっくに組織としての国は崩壊しており、
残された資源に群がる有象無象の為に戦えと、要はそういう依頼だった。


元々は小さな王国であり、人の良い国王の元、
貧しくも穏やかな暮らしを営んでいたはずの人々は、
軍部のクーデターのより圧政の元に置かれる事となった。
抑圧された民衆のストレスは刻一刻と溜まり、そうして爆発した。



「…って事は、お前たちは民間人相手に戦ってたってのか」
「民間人というか、レジスタンスね。民兵やレジスタンス。
 まあ、呼び方が違えども変わらないわ。
 特に訓練もされていないような、素人みたいな奴らよ」



雇い主のオーダーは、レジスタンスの殲滅。
一人も残すなと、これまた無理難題を喰らう。
急ごしらえの外人部隊は金の為にレジスタンス狩に勤しむ。



「まあ、気は滅入るわよ。
 でも、こういう生き方しか知らないし、出来ない。
どうなのよ、軍人さん。あんただって、そうじゃないの」
「俺は規律の元、目的を持って生きてるぜ」
「どうだか。あたしの良く知ってる軍人上がりは、
 上官を殺して軍を追われてたけど」
「お前、生まれは」
「分からない」
「?」
「一番遠い記憶は、何かな」



血まみれの床に、折り重なるように倒れた二人。
気が狂いそうな程、蝉が泣き喚き、恐らく夏だったのだろうと思う。
狭い室内には蠅が飛び回り、死んだはずの二人の身体を
大量の蛆が蠢き動かしていた。
映画のワンシーンのような、酷く断片的な記憶だ。


死んでいた二人は両親であり、死因は他殺。
鋭利な刃物で幾度も刺され、そのまま放置された後の失血死。
犯人はずっと同室にいた。



「うん?待て。お前は両親の仇と暮らしてたって事か?」
「何で殺したのか、結局、聞けず仕舞いだったんだけど」
「妙だな」
「何がよ」
「余りにも無関心だな」



お前、自分の親が殺されたんだろう。



「…あんた、嫌な男ね」
「図星かよ」
「勘違いしないで、あたしが殺ったんじゃない」



嫌だな、本当。
こんな話、人にした事なんかないのに。



「そこまで言ったんだ、今更だろう」
「何これ、走馬燈ってやつなの」



そう言いながら立ち上がり、
羽織っていたフィールドジャケットを脱いだ。
ジャケットの下はランニングだが、
少しだけギョッとした尾形を見て、時代の違いを再確認する。
肌の露出は、はしたないと言われていた時代だ。



「急に何だよ…誘ってるのか?」
「寒っ!違うわよ」
「なら―――――!」



徐に上着を脱いだは、尾形に背を向けた。
炎に照らされた彼女の背。
それに刻まれた細かな複数の傷跡。
新しい傷と古い傷が混在し、ケロイド状に埋め尽くされている。



「言葉もないって感じ?」
「お前、その傷は」
「覚えてないんだけど、死んだ両親にやられたんだって」
「!」
「父親は元軍人でね、無理な作戦で部下が全員死んで、
 上官を殺し軍を追われた。軍事裁判も受けてね。
 そして、酒と薬に溺れて、死んだ。
 父を訪ねて来た昔の部下に殺されたのよ。
 二歳児をボロ屑みたいに扱ってる場面に遭遇して、
 吃驚したのね。きっと」
「そいつが師か」
「まあ、そうね。死ぬほど寒いから上着、着ていい?」



両親を殺した男は、現場に一週間ほど滞在した。
何を目的として訪ねて来たのかは最後まで聞かず仕舞いだった。
男は男で身を持ち崩しており、金の無心だったのではないかと思っている。
只、幼子を暴力により殺しかけていたという事実に於いては許し難く、
過去の栄光を汚す男も赦せず手を下した。
それだけは事実で、それだけが事実だ。


その後、一人になったを連れ逐電した。
改めて考えると、やはりその男には感謝しかなく、
その後の人生が争いに塗れていても恨みようがない。



「ま、その男もとっくに死んで、
 あたしは今尚、傭兵として生きてるってわけ」
「今更、生き方なんざ変えられん」
「あんた、戦場で死ぬつもりなの」
「…お前は」
「あたしは、まあ、そうね。
 これだけ奪ってきたんだから、戦場で死ぬのが道理だと思うわよ。
 死にたくはないけど、何れきっと誰かに殺される」
「悪くない覚悟だ」
「えぇ?」
「あっちで死に損なったら、俺が殺してやるよ」
「えぇ?そんな話してた?」



掌を炎に翳しながらそう問えば、
尾形が少しだけ笑んだような気がした。





主人公設定:雇われ傭兵


現代の女性と金カムメンバーをどうしても絡ませたくて
考えに考えた挙句、そういう体前提、というやり口
赦して頂きたい(私を)

2017/11/03

模倣坂心中/ NEO HIMEISM