あなたの忠実なしもべ











すっかり出来上がった状態の が落ちてきたのは
雪がチラホラと降り始めた頃の事であり、
今日は冷え込むから鍋を囲み酒でも飲もうぜ、
だなんて話していた時だった。


クチャの外でガサリと音がし、続けて女の叫び声が轟き、
何事かと外に出て見れば、ほぼ半裸の女がいた。
手足が隠す事無く丸出しで、深紅の布を纏っている。


あり得ない、寒い、ちょっと意味分かんないんだけど。
女が叫ぶのもまあ当然の事で、そんな恰好で雪山にいるのだ。
寒いに決まっている。
長い髪は揺蕩い、女の顔を隠していた。



「うわっ、すげえ女じゃん」
「露出狂かよ」
「寒いんだけど!?」
「あ、アシリパさん」



そんな恰好では死んでしまうぞと、
毛布を手に駆け寄ったアシリパを見上げた女は、徐に彼女を抱き締める。
反射的に駆け出しかけた杉元をキロランケが制止した。
殺しかねないからだ。



「うっ…酒臭い!!!」



女は片手にワインの瓶を持っていた。














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「えぇー? ちゃん、スパイなのー!?」
「そうそう、ってか、ここ、え?どこ??」
「俺、スパイとか初めて見たよー!」
「アンタなんでそんな恰好してんだ」
「仕事中だったからぁー」
「そんな恰好でか?」



キロランケの言葉に、 が視線を向ける。



「これからってとこだったんだけどぉ」
「アシリパさん、聞いちゃダメだ。この女どうかしてる」
「あ!?」
「うん? 、お前は娼婦なのか?」
「違うよぉアシリパちゃーん」



は既に相当出来上がっており(片手に酒の瓶を持っていた位だ)
割とすんなり、その場に馴染んだ。
余りにも露出過多のいで立ちの為、
目の毒でもあり(ここにアシリパがいてよかったという所だ)
毛布を体に巻き付けて貰った。
だからといって、彼女もまあ、散々酔っ払っているわけで、
毛布は段々と剥がれつつある。


酔っ払いの戯言だとしても、 の話は信じがたい。
どこぞの機関に所属している諜報員であり、
飛んでくる前は某国の公人の元へ潜入中。
目的は公人の暗殺―――――



「それって、わざわざ寝る必要があるのか」
「あぁ…?」
「それは俺も気になった」



そう。そうして 自身も気になっている。
わざわざ寝る必要はないのではないか。
あの男は、何故そんな指示を出すのか―――――



「上手いのよ」
「…はっ?」
「テクニック的な?何?取りあえず上手いのよ」
「娼婦じゃねェか」
「ちょっと!!金貰ってないから」
「娼婦だよな?」



この下らない会話に危機感を覚えた杉元は
アシリパを連れさっさと離脱、もう一つのクチャに避難した。


アシリパはアシリパで、 が持参した酒瓶を抱えており
(因みに、良い値段のワインだったのだが…)
相当泥酔していたはずなので、件の下らない会話は届いていないはずだ。
二人の離脱者を出しつつも、下らない会話はまだまだ続く。



「古い時代の、男が好き勝手にするだけの交尾とはわけが違うのよ」
「えぇ〜 ちゃん赤裸々〜」
「時代でそんなにも変わるもんかね」
「何、あんた。チャレンジしてみる?」
「いや、俺はいい」
「おい」
「変な病気とかに罹ったら嫌だから」
「尾形てめえ」



そんな言われ方されたの生まれて初めてなんですけど。
絶対あたしの方が清潔だし、各種ワクチンも打ってるし、
定期的な検査も受けてるんですけど。
いや、違う違う。時代が違うから。
それにしたって何なのこれ。夢?夢の類?


あの男の部屋にいて、いざやろうって時。
この尾形が言うように、寝る必要はない。
こちらは命令を受け、目的を遂行するだけだ。
遂行に至るまでの経緯は重要でなく、
期日さえ守る事が出来れば問題はなかったはずだ。



「まあ、まあ。そんなにいきり立ちなさんなよ」
「…」



やけに落ち着き払った口振りで酒をすすめて来るキロランケを見て、
この男の眼差しに見覚えがあると思った。











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渡されたホテルの鍵を片手に、不必要な時間を消費しに向かっていた。
この為に購入したハイブランドのドレスは血の様に紅く、
ベロア生地が気に入っていた。


鍵を開け、中にいるはずの男に声をかける。
何を言ったかは覚えていない。
ルームサービスのワインに手を伸ばし、ふと違和感を感じた。



「…当ててあげようか」
「…」



皆が寝静まった後に、クチャを抜け出した。
ちらついていた雪は僅かに積もり寒さを増していた。
一先ず自分が落ちた場所に戻り、状況を把握しようと思ったのだ。


酔いは徐々に醒め、ぼんやりと記憶を取り戻す。
足音が付けて来ている事には気づいていた。
そうしてそれが誰のものかも。



「キロランケ」
「…」
「ほら、やっぱり」



振り返り笑う。
この男だろうとは思っていた。
この男の眼差しは知っている。似た眼差しを知っている。



「そんな恰好じゃあ、風邪ひくぜ」
「じゃあ、あたためてよ」
「ほぅ…」
「最初からそのつもりの癖に」



女に誘わせるなんて酷い男ね。
そう。こういう男だ。
こういう男はよく知っている。


顎を一撫でしたキロランケは、
意味ありげに を見つめ、僅か口元だけで笑った。













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キロランケに連れられ向かったのは、
曰く秘密の場所であり、火をおこしすぐに距離を近づけた。
壁に背をつけ胡坐をかいた男に跨り口付ける。
お手並み拝見といわんばかりに
されるがままのキロランケは目も閉じない。



「…何でここに来たのかって、聞いてたでしょ」
「うん?」
「思い出したのよね、色々」



違和感を感じ、ボトルに手を伸ばしたまま視線を動かす。
夜景のよく見える一枚ガラスの窓、こちらに背を向け座る男。
もう一度名を呼ぶ。答えはない。



「あたし、あんたみたいな男、知ってるのよ」
「…」
「よぉく知ってる…」



首筋に舌を這わせ、思い返すように身を弄る。
キロランケの指が髪を撫で、酷く自然に体制が入れ替わった。


男の目になる瞬間が好きだ。
どんな生活をしているかは知らないが、
どいつもこいつも同じような目つきになる。


時代が違えどそれは同じで、
それを証明する為にキロランケと寝るのか。
いや、それは―――――



「俺はそいつの変わりって事か」
「…どうだか」
「だったら、どうだい。俺の味は」
「…嫁と子供の味がするわ」
「…」



こいつァ参ったね。
キロランケが笑う。



「あんたみたいな男って、すぐ分かるのよ。
 センサーでもあるみたいに、不思議とすぐに分かる」
「お前みたいに可愛い女が悪いのさ」



もっと若く従順だった頃、あの男の元に配属された。
諜報部を取り仕切る男の元に若くして配属されるという事は、
確実に出世を約束されたという事だ。


何も知らない無垢な心はあっという間に浸食され、
何もかも全てを男のものに、思惑も、言葉も、身体も。
総てを託すのに時間はかからなかった。


今になり、全てがその男の思惑通りだったのだと分かるのだが、
当事者には分からない。
男はそんな心を操り順調に出世をした。
要職に付き、美しい妻に子供を二人。
完璧な外聞を手に入れた。



「耳障りのいい事、言ってくれるのね」
…」



それが原因だとは思わないが、職務中に男と寝るようになった。
目的は果たしているのだから構わないだろうと思っていたし、
そういう仕事だと思っていた。


自分の身体を使う事に嫌悪感は一切生まれなかった。
そもそもがそんなやり方で従っている。
男にも、それ以外の誰にでも。


あの部屋で視界の隅に翳ったのは、あの男で、
こちらに銃口を向けていたのではなかったか。
全てがばれたのかと思ったが、
お前にどうこう言われる筋合いはないとも思っていた。


同じ事をしているのに何が問題だ。
そのような事を叫んだと思う。
男は何と答えた?



「お前の事は好きなのさ」
「…どうしてよ」
「そういうもんだ」



そう言う女を男は見抜くのだとキロランケは言うが、
どちらが先かだなんて余りにも無意味な線引きだ。
実際にあの男はこの身体を貪り尽くし、
その結果、鉛玉をくれやがった。


思いこそ分からず、だけれど同じような事をこうして繰り返す。
最早、悪癖であり、今更、他のやり方も分からない。


可愛い女だが、哀れな女だ。決して幸せにはなれない。
だが、離し難い。弱い毒性のある女。


自身に跨る の姿を見上げ、
確かに性戯の技は大したものだと、見当外れな事を考えていた。





主人公設定:某国の諜報員


138話を読んでからというもの、
キロランケの印象ががらりと変わってしまい、
そのおかげで書けるようになりました
怪我の功名というやつです(?)
キロランケも主人公も酷いという、、、
みんなの会話書くの超楽しい


2017/11/04

模倣坂心中/ NEO HIMEISM