望みと引き換えに何を捧げる?











目の前に対峙する完全な殺意を、
果たしてどう処理したものかと考えている。
こんな局面は確かに二度目で、一つの人生の中、
まさか二度も似たような局面を迎える事が出来るのかと驚いた。


手持ちの武器が殆どない中、
尾形の持つ短剣を拝借し構える事になるとは、皮肉な話だ。
流石に隙の無い構えをするものだと、感心した。


ああ、これも上からの口調だと、尾形は怒るのだろうか。



「お前、何者だ」
「只の女って言ったって」



流石にもう信じそうにないわねと、は呟いた。










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目覚めるとそこは見知らぬ場所だった。
木造の天井が目に入り、こんな場所は知らないがと一瞬考え込む。
ゆっくりと身を起こし辺りを見回した。
随分古い建屋だと思った。


僅かに頭が痛み、近い過去の記憶が失われている事に気づく。
短期記憶障害かとも思うがどうなのか。


咄嗟に懐を探るが、いつもは持ち歩いているはずの銃がない。
よくよく見れば、普段は着慣ないような、
細身のシルエットの、テーラードのセットアップを着ている。
インナーはクラシカルな形だがラグジュアリーなフリルが目立つシャツ。
こんな服装で何をしていた?しかも、丸腰で。


普段は一切気遣わない癖に、指先もネイルで彩っているし、
こんないで立ちで私は一体どこへ向かっていたのか。
そして今、ここはどこか。


まったく何も思い出せず、懐から煙草を取り出し火をつける。
違和感、脳裏にチラつく記憶の欠片。
紫煙を吐き出す。



「…随分と傾奇いた女だな」
「!」
「お前、何者だ?」



この古ぼけた小部屋の中、
唯一の出入り口らしい引き戸の前に男がいた。
とりあえず煙草をくわえたまま見やる。



「これはこれは…兵隊さん」
「この時代、そんな髪型の女はいねェよ」
「…」



男曰く、お前のようなやつは時たま現れるのだと言う。
現れてそうして消えると。
信じる理由はないが、信じない理由もない。


実際に見ず知らずの場所に来ているのだし、
目前には軍人然とした男が座っているのだ。
こちらの素性も知らずに。
互いに腹を割る必要もない。


男の前、1m位の場所に立ち、煙草の箱を投げた。



「紙巻き煙草か」
「軍人さん、お名前は?」
「尾形。尾形上等兵だ。お前は」
「私は。一般人」




只の女だと笑った。










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組織は私を不要としたのだと、そう理解する他なかった。
体面を保つ為には目立つスケープゴートが必要で、
上官の失態を全て負った形で軍を追われた。


戦場以外で生きた試しがないを拾ったのは
古い知り合いが運営している、民間の軍事会社だった。
対テロ専門部隊に所属し、各国を飛び回る。


軍を追われた古傷は一向に癒えなかったが、
新しい生活を進み出そうと努力はしていた。
過去を捨てようと、髪を切り色を変え、印象を一掃した。


そんな生活を続けていたある日、差出人不明のEメールが届く。
軍時代に扱っていた、決して外部に漏れていないはずの
暗号で綴られた内容は、会いたい旨を伝えていた。


そうだ。
その差し出し人に会いに行ったはずだ。
いや、だけれどそれだけでは不完全だ。
そんな素性の知れない相手に会いに行く際、丸腰で向かうだろうか。



「その髪は何だ」
「ああ、染めてるのよ」
「染め…?」
「地毛です」



こちらが相当物珍しいらしく、
尾形は先程から髪の毛を摘み上げジロジロと眺めている。
多少、距離が近い気がするがとりあえず放置だ。
どうにか過去を探る。


確か、差出人に会いに出向いた先は港側の倉庫ではなかったか。
そこにいたのは―――――



「ちょっと」
「何だよ」
「いや、何だよじゃないから」



すぐ側で髪を触っていた尾形が一層距離を縮めた。
化粧品の匂いなのだろうか、良い匂いがする、そう呟く。



「近いから」
「ガタガタ言うなよ」
「えぇ?」



唇のすぐ側で会話をしている。
触れない方がおかしい距離感だ。
睫毛が尾形の頬に触れた。
そして唇。


先程まで吸っていた煙草の香りがする。
眼差しが合った。
刹那思い出す記憶。


あの、腹心とまで呼ばれた男からの裏切り、それの露呈。
軍を追われた理由。


呼び出された倉庫で無数の銃口に囲まれたは、
笑いながら出て来た過去の遺物と対面する。
軍時代、自身の腹心と呼ばれた男。
唯一、身も心も許した男。


見違えたな、
男はそう言った。
俺はお前が邪魔で仕方なかったんだと。
お前の部下たちが反乱を企てており、面倒なのだとも言われた。


の処遇は一方的に可決されただけであり、
不満を抱く隊員達の間で爆発的に増殖した。


だから俺はわざわざ、お前を迎えに来たんだよ
お帰り、我が軍へ―――――


尾形が舌を捻じ込ませる寸前に身を捩り距離を離した。
余りにも咄嗟の出来事で、その自覚さえない。


そうして前述の展開。
瞬間の殺意に相見える。



「普通の女の動きじゃないな、軍人か」
「そう思ってくれても、遜色ないわね」
「階級は」
「最終階級は大尉」
「…!?」



勝手に拝借した短剣を握り直し笑う。
そうだ。あの時もこうして笑み、
まるで全てを受け入れるかのように
差し伸べられた手を取り引き裂いたのではなかったか。


すっかり油断していた男は首に空いた穴を片手で塞ぎながら、
何かしらの悪態を吐いていたような気がする。


男を盾にその場をしのぎ血に塗れた両手に視線を落とし、
濡れた指先で煙草を取り出す。



「…思い出したわ」
「…」
「あたし、死んだはずなんだけど」
「大尉様は錯乱状態か」
「口の利き方に気を付けろ、上等兵」
「女に何が出来る」



自ら命を絶った割に、
今、まさに生きている実感を得ているわけで、
こんなやり口はまったく矛盾していると頭では理解っている。


軍人としての意識が残っているのか、
単に戦争狂としての発作がそうさせるのか。
絶望し死ぬのは勝手だが、やはり不思議と殺されたくはなく、
とりあえず目標を制圧し、思い通りにしてやろうと、
そんな考えしか浮かばないのだ。





元某軍の大尉→現軍事会社の対テロ部隊隊長


尾形ニゲテ―!というところですか
女性で元大尉なんてものは、
バラライカさんとかですよ
超強いよ
尾形に対して上からものを言ってみたかっただけです
あと、何か匂いフェチみたいな噂をきいたので。。。


2017/11/17

模倣坂心中/ NEO HIMEISM