僕らは狂気に歓喜する
一仕事終え、路地裏を歩く。
酷く面倒だが、完了後の連絡をしなければならず、
尾形へ電話をかけた後の事だ。
尾形は何だかんだと細かい事を言うが、
一々聞いてはいられないわけで、まだ何事かを話している時に切った。
あの日以来、流石に自嘲をし、動けなくなるまでの深酒は控えているし、
よくない薬も断っている。
元々、頭の動きを鈍くする為の薬が切れた為、
否応なしに使っていたのだ。
大した効き目はなかったが、
身体が動かなくなる後遺症はにとって都合がよかった。
命綱代わりの薬が切れると、脳が恐ろしい速度で動き出す。
そうして身体。
恐らくこれは完全に後天的な症状だと思うのだが、
自分ではどうする事も出来ない。
脳に流され続けた電流の仕業なのだろうかとも思うが、
一度死んだ細胞は二度と蘇らないともいうし、改善は難しい。
薬で動きを止める他、術がない。
この事を尾形は知らない。
あの男に知られると、相当厄介だ。
都合のいいように操られるに違いない。
あの、組織のクソ野郎達のように。
だから秘密裏に入手しているのだが、
その売人が偶々、別件で逮捕されてしまい、
薬の入手が途切れたのが半月前の話だ。
その後、どうにか別ルートで薬の入手が出来るようになり今に至る。
「…」
まあ、薬さえあれば基本的に問題は無い。
こうして今日も順調に仕事をこなし、いつもの生活に戻る。
どこかのクラブにでも行って、見知らぬ人々に塗れ酒に溺れるのだ。
だからショートカットである路地裏を突っ切っているのだが、
やはり人目の少ない場所というのはトラブルが起きやすい。
丁度今、目前。
男が人を滅多刺しにしていた。
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毎度の事ながら、あのバカ女はいう事を聞かない。
最低限の報告さえも満足に出来ない
(いや、これは出来ないのではなく、やらない、が正しいが)
のだから、やり口を変えた方がいいのかも知れない。
今回のターゲットはとある組織の詰まらない男だ。
これまで、女の売買や薬の横流しで小銭を稼いでいたような下らない男。
そんな男を何故ターゲットに指定したか。
ここ最近、その男の周辺で不審死が頻発していたからだ。
男が所属している組織の人間のみという点だけが唯一の救いであり、
明らかに他殺と見て取れる遺体がゴロゴロと見つかっているのだ。
只、遺体からは一切の証拠が出ないし、男のアリバイは完璧。
余りにも不可思議な事態の為、各組織が一様にざわつき出した。
うちの組織も同じくで、尾形にお鉢が回って来たというわけだ。
問題はその男ではない。
その男は媒体でしかないのだと、そんな事は調べればすぐに分かった。
他の組織も同じだったはずだ。
では何故、手が出せなかったのか。
それは―――――
「…やれやれ、見られてしまいましたか」
「…」
「これは仕方がない…」
その男が使ってた殺人鬼が、余りにも凶悪だった為だ。
それはずっと人を殺し続けており、一度として証拠を残した事がない。
それは、まるで息をするかのように人を殺し、目撃者を残さない。
だからこれまで一人としてそれの姿を見た者はおらず、
故に捕まりようがない。
男の周辺に、それは必ず潜んでいるはずで、
だから妙な男がいなかったかを聞いていたというのに、
あのの態度はどうしたものか。
もう一度かけるが、今度は電話に出ない。
どいつもこいつも好き勝手な真似をしやがる。
一人、そう呟いた。
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「…ってかさ」
「…?」
「辺見ちゃんだよね?」
「!!」
「えぇーやだ、すっごい久しぶり」
まだ生きてたんだ。
が笑う。
「え…?」
つい先刻まで人を滅多刺しにしていた男は、
ゆっくりと顔を上げこちらの名を呟いた。
身体の全面に返り血を浴び、割と散々な状態だ。
この男を見る時は、いつだって散々な状態で、血の匂いが鼻につく。
「ちょっと待って、待ってよ。それ以上近づかないで」
「…どうして?」
「だって、あんたまだ殺し足りないでしょう」
「ばれちゃった」
「全然あたしの事、殺す気じゃない」
辺見は血に塗れた右手をこちらに向けている。
「…あの時、どうして僕の事、殺してくれなかったの」
「いつよ」
「あれだけ沢山の人を殺した癖に」
「…辺見ちゃん、いなかったんじゃない?あの時」
「…あ!」
「あそこにいた奴は皆殺しにしたはずだもの」
この男はよりも古くからあの組織にいた。
息をするように人を殺す為、暗殺に重宝されていたが、
誰かれ構わず殺すという欠点もある。
用がない時は個室に閉じ込められていた。
だから、と組織内で顔を合わせる事はなかった。
遭遇するのは基本的に現場だ。
殺している場面で遭遇する。
殺し方という点で酷く気に入られたは、
簡単にいうとこの辺見に付き纏われており、
事あるごとに殺しにかかって来るこの男を
仕事の合間にあしらうような日々だった。
組織を壊滅させた時に辺見がいなかった理由は、
その数日前にが病院送りにしたからだ。
何かしら不快な事をされたのだろうが、よく覚えていない。
「…昔みたいに遊ぼうよ、」
「え…?」
「鬼ごっこ」
昔よくしたじゃないと辺見は言う。
そう言われ思い出した。
どこぞで出くわすと、こちらの状況などおかまいなしに
殺しにかかってくるもので、最初は相手をしていたが、
途中からは相手にするのも面倒になり、
逃げ回るようになったのだが、辺見はそれを鬼ごっこだと解釈していた。
「ねえ、やろうよ」
「…」
「また、僕が鬼ね」
瞳孔が開き切っており、今にも飛びかかって来そうだ。
こうなっては当然、言葉も通じないし、道理もくそもない。
わかったと返事をする前に走り出した。
背後で辺見が嬌声を発していた。
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そんなはずではなかったのに、
とりあえず左腕を殺され、前のめりに倒れそうになる。
股間をギンギンに起立させた男はアイスピックを片手に襲いかかる。
十二分に愉しむ為に、まだまだ殺すつもりはないというところか。
出血も特にせず、だけれど激痛が走る。
この男に怪我を負わされた事は未だかつてなく、
左腕をアイスピックが貫いた際、痛みよりも驚きの方が勝った。
まさか、お前に。
先端が肉に刺さる瞬間に、辺見が絶頂に達したのも腹が立った。
人の身体でオナニーしてんじゃねぇよ、
そう吐き捨て腹部を蹴り上げる。
まあ、確かに反撃は意味がない。
この男にとって痛みとは快楽だ。
「ねえ、」
「…」
「薬、飲んでるでしょう」
動きにキレがないと笑う。
それは確かに図星だ。
この薬は頭の回転を妨げ、身体の動きも制御する。
そもそも、あいつらが脳を好き勝手に弄りまわしてくれたもので、
頭も身体もリミッター解除の状態がデフォルトであり、
そんな状態ではまともな暮らしが出来ない。酷く疲れる。
だから、ある程度の年齢を過ぎると皆、この薬と共に生き出す。
薬がなければ生きる事が苦しく、
それで組織に縛られている者もいたくらいだ。
だけれど、それは大多数ではあるが、全員ではない。
「頭の中がクリアになってないよ。
みんなそうなる、みんな、クリアが嫌だって。
そして薬を飲むんだ。普通の人になりたいって。
残酷だ。美しく動けなくなる。羽がなくなるんだ。
だから、殺す。みんな僕が殺した。かわいそうだから」
組織を抜けた者は半年以内に死ぬというジンクスがあった。
恨みを買う生き方をしている為、皆、敵が多い。
そんな生き方しか出来ないからかと思っていたが、
どうやらこの男が殺していたようだ。
喜々として話す辺見から目は離せず、
しかし入り込んだこの廃ビルは老朽化が激しい。
一歩進む度に足場が軋み、今にも崩れそうだ。
この男はその事に気づいているのか。
「あんたは飲まないの」
「僕?僕はそんなものに頼らない。
殺したくてころしたくて堪らないけど、
別に悪い気分じゃない。だって、」
すごく気持ちがいいんだと辺見が微笑んだ瞬間、
一気に距離は縮まり腹部が熱く痛んだ。
アイスピックではない方、逆の手に握られたバックナイフ。
深く押し込まれる前に手を捕まえ、
瞬間、辺見の首にダガ―ナイフを突き立てた。
辺見が嬉しそうに顔を歪める。
「…また遊ぼうね」
足場が崩れる音に紛れ、辺見の声が聞こえた気がした。
先輩尾形別軸続き
満を持しての大登場、辺見ちゃんです!!
ちょっと絡ませる予定が大分出た
なげーよ辺見ちゃん!
2017/11/29
NEO HIMEISM
Photo&Title :
Raincoat.
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klee