虚ろな目が見た真実

互いに動けずにいるだけだと知っていた。
とっくに終電はなくなっているし、
その事にも気づかない振りを決め込んでいるのだ。
この店は始発の時間まで開いている為、辛うじての体裁は保てる。

只、もう呆れるほどグラスが空くだけで、
最初の方は白石も喜んでいたが、
途中からは面倒くさくなったようで
(基本的にあの男は終電の時間が過ぎると、
バイト君にホールを任せ働かなくなる。
何をしているかといえば、客と一緒に飲んでいるのだが)

ジンのボトルと炭酸水、そうして氷を置き、
自分達で作れと言い放ったものだから、そうせざるを得なくなった。
いや、大分酔いが回っていたのだ。

「だって、仕様がないでしょ、あんな」
「嫌じゃないんだろ、お前が」
「その言い方どうなの」
「どう言えばいいんだよ」

もう互いの境界線がなくなっている事にも気づいている。
遠慮もなくなり、どうしたって求め過ぎる。
は遠慮もなしに肩に、腕に触れ、もたれかかる。
そうしてこちらも何も言わず、
それこそ何食わぬ顔でそれを受け入れる。
ふとした瞬間に、その感触に気づき覚醒するだけだ。

それでも次の一口で又、忘れる。
言葉の節々に呂律が回っていないは、
先程から誰に対してか分からない言い訳を延々している。
尾形との下らない関係に関しての懺悔だ。

「お前はやるよ、又、同じ事をやる」
「ひっど」
「別にいいんじゃないか、それで。何が問題なんだよ」
「だって」

こういうのよくないでしょう。
よくないんでしょう、こういうの。

「お前次第だろ」
「…」
「お前はどうしたいんだ」

この、まるで茶番。
何がしたいだとか、何が欲しいだとか。
何もどうもしたくない、欲しいものはここにはない。
只、ここにあるのはそれは―――――

「…」
「…」

すっかり酒にやられたは、
半ば座った眼差しでぼんやりと月島を見つめていた。
半開きの唇から覗いた舌が酷く赤く、そこに視線を奪われた。

こんな沈黙を避ける為に下らない会話を紡いでいたというのに、
もうこうなってしまうと打つ手がない。
どうにも出来ない。

淋しさを埋める為にこうして手を伸ばす。
こっちだってそうだ。
分かった上でここにいる。
どうしようもない性だと自覚があればいいが。

「尾形の次は俺か」
「嫌？」
「俺の次は誰だよ」

そう言いながら口付ける。
カウンターの奥でまるで隠れるように口付け、
一度だけ離し、もう一度触れた。

唇を話した瞬間、互いに薄っすらと開いた目。
反射的に微笑む不思議。

まんまと転がり落ちたような気がした。

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店を出る。
互いにまだよそよそしい距離感を保ちつつ、指先だけ絡めた。
これは全て酒のせいで、誰のせいでもないと言い聞かせている。
まるで子供の様に。

時刻はもう二時を回り、大通りとはいえ人影も疎らだ。
互いに示し合わせたように同じ方向へ歩き出す。
だけれど後ろ暗いもので、互いに一言も喋らない。

満たされない心の傷を身体で埋めようとでもいうのか。
そうしてそれは有効か。

こちらがいざ誘うとなるとやはり億劫で、
上手い逃げ道を探してしまう。

「…あれ？」
「どうした」
「あれ」

が指さした方は、
ここら界隈でも有名な連れ込みホテルがある奥まった場所だ。
建屋も随分古い。

「…尾形？」

女を片手で抱いた尾形がそこへ吸い込まれていった。
自分でも信じられない光景に絶句する。
あの尾形が、あんな場所へ行くのか。
何かあるのではないか。

てっきりも同じ意見かと思えば、
彼女の表情が酷く強張っていたもので察する。
どちらも戯れだが、少なくとも彼女は確かに傷ついている。
間抜けな話だが。

自然に離れていた指先はあてどなく、
にかける言葉も見当たらない。

躊躇するが、彼女の肩に触れた。
反応はなく、引き寄せる。

「…俺たちも行くか」
「…！」
「どうせこのままじゃにいられないんだろ、お前」

何てまるで他人事のように言って退ける。
我ながら酷くズルいやり口だ。

その事に当のは気づいているのか。
は何も答えず、只、月島の胸に頭を置く。

まるで三文芝居だなとを見ずに月島が呟けば、
あたしも、あいつも、あんたも。みんなそうじゃない。

小さな声でがそう囁いた。

先輩尾形続き
こいつらをホテルに行かせる為だけに、
別軸の話(辺見ちゃんが出るやつ)を書きました
↑の尾形は、その尾形です
私は月島に過保護すぎる
どうしようもない男女の機微を書けて楽しかったです

2017/12/05

NEO HIMEISM

Photo&Title : Raincoat.　 Design : klee