ラストダンスは君と

• やけにゆっくりな出勤じゃない、
  何？あんたも随分と出世したものね。
  
  
  各部隊が勢ぞろいする機会などほぼない。
  だから、今回は余りにも特別なのだと皆、知っている。
  第三特殊部隊が二年振りに戻ったという事は、まあ確かに特別だ。
  
  
  上層部が一様にの虜だという一点だけでも、
  特別な事態に陥るには十二分なわけで、
  それに参加をしないという選択肢は不思議な事に与えられない。
  全員強制参加というやつだ。
  当のが来ていなくてもだ。
  
  
  主賓が来ていないとは何事だとなりそうでならない。
  が神出鬼没なのも織り込み済みであり、
  最終的に会が締まる五分前に顔さえ出せば上層部は問題がないと言う。
  どこまでを甘やかすつもりなのかという声さえ生まれず、
  とりあえずこの飲み会は強制的にスタートした。
  
  
  最初は部隊ごとに分かれていたメンツも、
  徐々にばらけだし(やはり他部隊との交流も必要だ)
  月島のテーブルに杉元や谷垣、
  キロランケ辺りが集まりだしたのが10分程前の事だ。
  
  
  
  「俺、見た事ないんだよなぁ、その、って人」
  「そうなのか」
  「どういう人？何か、すごくね」
  「どうって…」
  
  
  
  言葉に詰まる谷垣を、キロランケが何ともいえない表情で見ている。
  どうもこうもああいう女なのだが、詳細に説明するのも憚られる。
  下手に突っつくと藪蛇になりかねないと、
  月島に話しかけようと見やるが、こちらもこちらで謎の寡黙。
  
  
  えっ、何？嫌な事でもあったの？
  思わず声をかけた。
  
  
  「…いや、別に」
  「そうは見えねェけど！？」
  「それより、尾形はどうした」
  「あいつ仕事らしいっすよ」
  「…」
  
  
  
  皆、次々とグラスを空けていき、若手辺りはべろべろに酔いゆく。
  はまだ来ない。
  
  
  一頻り酔いの回った杉元が月島の隣に来た。
  続けて監視役の谷垣も来る。
  
  
  
  「…何だよ」
  「結婚してないんすか」
  「…」
  「おい、杉元」
  「や、だって珍しくないすか」
  「…」
  
  
  
  実は皆が割と気にしていた事を誰よりもあっさりと口にする杉元は、
  まあ随分出来上がっている事もあり、ヘラヘラとしている。
  失礼だぞと止めにかかる谷垣もそれなりに酔っているわけで、
  ニヤニヤと様子を伺うキロランケと目が合った。
  
  
  
  「…で、どうなの」
  「結婚ね…」
  
  
  
  向き不向きってのがあるだろう。
  月島はまず、そう言った。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  その、と組む事になったのは、恐らく只の偶然だった。
  特殊部隊の秘蔵っ子だとの噂だったが、
  その見た目では到底信用出来ず、
  妙な任務を課されてしまったと溜息を吐く。
  
  
  そもそも、その女は決して言う事を聞かない。
  今だって、作戦会議に来ておらず、
  話にならないと憤った月島が探し回っているところだ。
  
  
  場所は現場近くの小さな町。
  下手にうろつかれ事件にでも巻き込まれたら事だ。
  
  
  
  「あいつ…」
  
  
  町はずれにある、海を見渡せる小高い丘にはいた。
  こんなに人気のない場所に一人でいては危険だ。
  小走りで近づく。
  
  
  
  「おい、」
  「ねえ、ちょっとこっちに来てよ」
  「ふざけるな、お前、会議が」
  「そんなのいらないわ、無意味よ」
  
  
  
  だってここは、あたしの故郷なんだからとは笑った。
  今回の作戦だってあたしが立てたのよ、だから会議何か要らない、
  意味がない。あんたを選んだのだってあたし。
  一番、あたしの役にたってくれそうだから。
  
  
  こちらを見据え淀みなくそう言い切る女が
  何故だか初めて見る女のようで、二の句が出て来ない。
  
  
  いいからこっちに来なさいよ月島。
  手招きされ、の隣に座った。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  この町は一見、海の見渡せる片田舎の小さな観光地に思える。
  人口も少なく、特に名産もない。何の変哲もない田舎町だ。
  全ては彼女の口から語られる物語だ。真意の程は定かでない。
  
  
  が徐に指さす先には、
  少女たちが縦一列に並びどこかへ向かっている姿が見えた。
  
  
  
  「あれ、何だと思う？」
  「…遠足か？」
  「売られてるのよ、あれ」
  
  
  
  この町は人身売買で成り立ってるのよとは言う。
  何の産業も根付かなかったが、
  この人身売買だけはしつこくも生き残った。
  
  
  それに随分な金にもなる。
  様々な方法で子供たちを買い付け、斡旋する。
  今回の仕事は人身売買組織の撲滅になるらしい。
  
  
  あの子達可哀想でしょう。
  だって夢見てここに来てるのよ。
  幸せになれるって―――――
  
  
  
  「お前は」
  「…」
  「お前もここの出身なんだろう」
  「あたし、美しいでしょう」
  「…」
  「あんたは口にしないけど、あたしって随分美しいでしょう。
  　そんなの自覚済みよ、分かってる事だから別に言われたって
  　何とも思わないの」
  「…続けろ」
  
  
  
  昔から十二分に美しかったのだと、は言った。
  幼い頃から自覚できる程、美しく、故にここへ連れて来られた。
  美しいが環境には恵まれなかった。
  周囲を魅了するその美しさを恐れた実母から売られたのだ。
  
  
  その事実に多少は慄いたが、流石に手の打ちようがなく、
  この町へ連れて来られた。
  
  
  この町へ来ても美しさに変わりはなく、
  組織の重鎮に見初められ商品として売られる運命からは逃れられた。
  だが、それが決してよかったとも言えないわけで、
  あのクソみたいな男はまだ幼いを当然犯した。
  要はを守ってくれる人間など誰一人いなかったわけだ。
  
  
  そこでは考えた。
  一人で生きていくには何が必要か。
  この美しさを奪われずに済む方法は何か。
  
  
  この町に根付く民兵組織に近づき、訓練を願い出た。
  男には、力になりたいと適当な嘘を吐いた。
  
  
  
  「だから、あんたが思ってる程、弱くないのよ」
  「…」
  「あたしは美しくて聡明、選ばれし人間。出来ない事はないの」
  「随分な自信だ」
  
  
  
  だけれど―――――
  その分の代償は払ったのよと呟けない。
  まだ納得は出来ていないからだ。
  その代償の意味を。
  
  
  
  「で、それからどうした」
  「男を殺して逃げ出した」
  「ほぉ」
  
  
  
  その時に止めを刺したはずだったんだけど。
  何故かあいつ生きていやがる。
  
  
  今回のターゲットの事だと思う。
  要は私怨だ。
  だが、間違いではない。
  
  
  協力してくれるわよねと微笑むに、
  まさかしないとも言えず、只、頷いた。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  件の作戦は恙なく終息した。
  は自らの手で、己を搾取した憎き男を殺したし、
  組織内に監禁されていた100は下らない子供達も保護された。
  
  
  問題はその夜だ。
  ホテルの部屋にが現れた。
  様子がいつもと違っていた。
  酷く息切れし、指先が震えている。
  ドアを開けた月島にしがみ付き離れない。
  
  
  とりあえず部屋の中に入り、どうしたと聞けば、
  開口一番にセックスをせがまれ、
  この女はやはりどうかしているのではないかと思ったが、
  の指はとっくに月島のベルトを外しており、
  手を打つ暇もなかった。
  
  
  あれよあれよという間に身を絡め、
  もう途中で諦めもつき、前向きに抱いた。
  
  
  一戦終えた後にがポツリと呟く。
  これが代償よ、月島。これが。
  彼女の横顔は一つの間違いもなく美しい。
  ベッドに横になったまま、肩ひじをつき様子を伺う。
  
  
  民兵組織で訓練を受けていた間、ずっと犯された。
  色んな男に代わる代わるだ。
  クソマズい豚の餌のようなメシとクソみたいなセックス。
  
  
  皆、を前に欲望を我慢出来ず、
  知れれば殺されると知りながらも手を出した。
  地獄のような日々だ。
  
  
  それでも、この身と引き換えに力を手に入れた。
  これから先も同じような苦しみに悩まされるだろうと
  知った上での選択だ。
  
  
  この美しさを二度と搾取されない為に、散々とこの身を使った。
  それが原因なのか、脳がいかれたのか、セックスが安定剤になった。
  やらないと不調をきたす。
  
  
  
  「あんたで終わりにしたいんだけど」
  「…」
  
  
  
  潤んだ目でじっと見つめられ、そんな事を言われれば誰だって揺らぐ。
  何よりも美しい女から情事後の寝具の上で、そんな言葉を吐かれてみろ。
  誰だって、間違う。
  
  
  とりあえず月島はそこで人生最大の過ちを犯した。
  その過ちの愚かさに気づくのは、大体一年後になる。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  そもそも、結婚に関してはルールがあるだろう。
  互いが互いを尊重し、貞操を守り、認め合う。
  そんな真似出来るか？
  相手を信用したところで、絶対に守らせる事なんて不可能だ。
  そうだろう、なあ、キロランケ。
  
  
  段々熱を帯び始めた月島から急に話を振られたキロランケは
  苦笑いで返す他なく、厄介な話を振りやがってと、
  元凶の杉元を見れば完全に寝落ちしている。
  
  
  辺りを見回せば、大半がもう死屍累々といった有様で、
  地獄絵図と化していた。
  
  
  そんな中、みんな飲み過ぎじゃないの、だなんて
  呑気な口を叩きながら、ようやくが登場する。
  隣には尾形がいた。
  
  
  
  「やだ、久々」
  「…お前、どうして尾形と」
  「打ち合わせしてたのよ、ねえ？」
  「あぁ」
  
  
  
  あの日、最後にしたいと泣いた女は、
  確かに一年くらいの間だけは一人で済ませたのだろう。
  月島が側にいる限り。
  だけれど一瞬でも離れるともう駄目で、手あたり次第寝る。
  
  
  これはもう完全に病気なのだと、
  月島が頭で理解するより先にから告げられた。
  
  
  あんたのおかげで大分コントロール出来るようになったわ。
  ありがとう。
  
  
  とりあえず別れてくれと告げたのは月島で、
  は少しだけ淋しそうな顔をしたが、すぐに分かったと返した。
  それから先のの活躍振りはご存知の通りだ。
  
  
  
  「…お待ちかねだぞ、皆」
  「わかってる」
  
  
  
  じゃあまたね、との指先が肩に触れた。
  特に誰にも公言した事はないし、恐らくこれからもする事はない。
  あの日、とち狂った自身は付き合うだけでは飽き足らず、籍を入れた。
  今思い返してもまるで理解の出来ない真似だ。死にたくなる。
  
  
  あの頃はも今の様に擦れていなかった為、
  酷く前向きにその提案を受け入れたのだ。
  何の希望ももてない明日に少しの可能性を感じるようにと
  そういった真似をしたのだが、彼女は彼女で独自の進化を遂げた。
  一人で生きていく点に特化した進化を。
  
  
  だからあれ以来、このとは一度として寝ていないし、
  今度もそんな予定はない。
  手あたり次第寝る女が誘っても来ないのは、
  彼女も内心何かしらを感じているからだろうかと、
  都合のいい理由を考えてしまいそうだ。
  
  
  あの幻のような一年の間、
  寝具の中で全てが上手くいっているわと笑ったが
  いつだって思い出され、心と言わず身体まで侵していくだけだ。
  
  
  
  
  
  
  
  

  先輩尾形番外編�B
  強ビッ姐さんの過去話です
  前回の話と続いています
  というか、月島バツイチにしてしまったがいいか
  一番大事な選択を最大限に間違えた男、月島
  皆、この主人公と月島が結婚してた事は知らない
  あと、散々酔ってツイッターを触ったらしく、
  まったく記憶にないリプをしていて死ぬほどビビりました
  (なので急遽飲みの場を書きました)
  私は最低の大人だよ
  
  
  
  2017/12/10
  
  NEO HIMEISM