身元不明者1259号

• 産まれてすぐに酷く安い値段で売りに出されたという話を聞いた。
  身元が割れないように情勢の不安定な国へわざわざ出向き、
  その中でも厳選して孤独な人物を選び子供の売買を行う。
  
  
  様々な血の混じったは万全に美しく、
  その素養は早くも一歳の誕生日に露呈した。
  それでも五歳の誕生日時に他の子どもたちと同じく、
  生きるべきか否かの岐路に立たされる。
  
  
  この組織では五歳になると脳を直接弄られるからだ。
  副作用で死ぬ子供も少なくなく、
  更に死ななかったとしても絶対安静の状態になるわけで、
  子供たちのストレスは相当なものとなる。
  
  
  そんなを影ながら支え続けたのが、門倉だった。
  彼は土方の直属の部下であり、
  子供達への実験を一手に抱えている土方の変わりに
  事を万全に運ぶ算段をたてていた。
  
  
  一人、二人と仲間が死んでいく中、
  辛うじて生きているにも献身的に尽くす。
  最終的に幼少期を共に過ごした仲間たちは皆死に、
  その時代を共に過ごしたのはと門倉の二人だけになった。
  
  
  その頃くらいから、心の奥底では何かしらの感情が生まれていたはずだ。
  呼び方を知らないまでも、自覚はあった。
  
  
  脳を好きに弄られ、組織の忠実なる駒として生きる事となったは、
  それこそ八面六腑の活躍ぶりを見せた。
  組織の中、全ての人間が一目置き、何もかもが好きに出来る状況。
  
  
  いなくなった仲間は形を変えて、
  又新たに、それも勝手に集合して来たし、食べるものも溢れている。
  
  
  業務内容によっては長期間ここを離れる場合もあり、
  気づけばあれだけ親密だった門倉との中も疎遠となっていた。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  「…門倉さん？」
  「気づいたか」
  「なんで…」
  
  
  
  少なくとも自負はあった。
  誰にも負けず、誰よりも優秀。
  仲間を引き連れターゲットを殺しに向かい、短時間で目的を達成する。
  
  
  一仕事ごとに渡される薬も飲まず、
  全ての感覚が最も研ぎ澄まされた状態で日々を暮らしていた。
  身体に対する負担が倍増するが止める事が出来ない。
  
  
  土方からは絶対に飲めと言われていたが、
  感覚が鈍る事が恐ろしく飲む事が出来なくなっていた。
  
  
  覚醒状態が続くと、まず睡眠がとれなくなる。
  一切の眠気が生まれない。
  食欲も失せ、屍のような状態になる。
  それでも頭の中はギンギンに冴え渡り、
  限界が見えない動きも健在となると、
  電源が落ちるまで動き続ける他ない。
  
  
  同じような状態に陥る仲間は存外多く、その末路も知っている。
  だけれど、どうにも出来ない。
  今更後には引けない。
  
  
  一週間程度、覚醒状態が続いていたは、
  まるで幽霊の様に覇気のない姿で次の仕事へ向かった。
  共に向かうはずだった仲間は来なかったが、そこに意識は向かなかった。
  
  
  只、与えられた目的へ一目散だ。
  共に向かうはずだった仲間は自室で事切れていたらしい。
  
  
  
  「お前、薬を飲んでないらしいな」
  「…嫌だな、ばれちゃった」
  
  
  
  こういった状況は時期により流行る。
  感化されやすい少年少女が相手となると、
  定期的に起きるイベントのようなものだ。
  組織側も馬鹿ではなく、手を考えていた。
  
  
  辛うじて職務を全うしたは途中で意識を失った。
  期間と様子により、意識損失の着地点を割り出し、
  彼女が倒れる前に門倉を派遣していた。
  
  
  
  「とりあえず飲め、話はそれからだ」
  「嫌だ」
  「」
  「死なせてよ」
  
  
  
  もうこのまま死なせてよとは言った。
  助手席に埋もれたまま、目も開けずにそう呟く。
  
  
  これは症状だ。薬を断つと陥る。
  そうして次に幻覚、幻聴。
  これはよくある展開だ。
  
  
  ハンドルを握ったまま丁度いい場所を探すが、生憎ここはまだ山中だ。
  停める場所がない。
  
  
  
  「ねえ、門倉さん」
  「何だよ」
  「あたしの事見てた？ちゃんと見てくれてた？」
  「あァ」
  「立派になったでしょう…」
  
  
  
  実際、に会うのは二年振りになるわけで、
  子供の成長というものは異様なほど早いのだと、時間の流れに戦く。
  
  
  ほんの二年前までは只のガキだったはずが、
  今、助手席で横たわるは既に女になった。
  こいつの噂は耳にしていたが、まさかここまで変わるとは夢にも思わず、
  今、人知れず驚いてるところだ。
  を殺すなと土方からの命も受けている。
  
  
  前方に小さな公園が見えた。
  うわ言を繰り返すを乗せたまま、そちらへハンドルを切る。
  それにしても罪深い仕事だ。
  
  
  何も知らない子供たちの機嫌をどうにか取り、
  心を開かせ楽に操れるようにする。
  言い方を変えれば信頼を得る。
  心を開ける相手がいるのといないのでは、
  気持ちの持ちようがまるで違う。
  
  
  このにしたってそうで、門倉自身は幼少期からの仲の為、
  さほど気にも留めていなかったが、
  知らない人間の前では信じられないくらいに態度が悪い。
  土方にも心は開いておらず、故に今回の流れとなった。
  
  
  気づかれず悟られず、あいつを懐柔しろ。
  あれは必要だ。絶対に壊すな。
  
  
  と言っても既に壊れてはいるだろうと、それは言えない。
  駐車場に車を止めた門倉は、薬を取り出しに声を開ける。
  
  
  おい、。薬だ。ほら、早く飲め。
  おい、聞いてるのかよ。口開けろ、なあ。
  
  
  は口を開けず、薬を飲む気がまるでない。
  
  
  
  「なぁ、。困らせないでくれよ」
  「…ねえ」
  「あ？」
  
  
  
  まったく正気じゃない。
  目前のは覚醒のフラッシュバックにより、
  まともでなくなっている。
  
  
  ようやく開いた眼は潤み、門倉を正面から見据えた。
  いつの間にこんなに擦れたのか。
  まあ、それも全て、俺たちのせいか。
  
  
  柄にもなく罪悪感を抱いた瞬間、その隙には気づいたのか。
  門倉の襟元を掴み、ぐっと引き寄せた。
  咄嗟の事に驚き、体制が崩れる。
  右手をシートにつき、辛うじて堪えた。
  
  
  
  「な、何だよ…」
  「嫌なの？」
  「嫌ってお前」
  
  
  
  こちらに口付けようとするをどうにか制し、
  この異様な熱に浮かされた車内で考えあぐねる。
  
  
  そもそもは正気でないし
  (副作用に発情があるかは分からないが)
  この酷く若い娘に手を出したとなると、外聞が悪すぎる。
  
  
  それと同時に、この娘を殺してはならないのだと、良くない考えが過る。
  一先ず、どうにか薬を与えなければならない。
  その為には毒も必要か―――――
  
  
  徐に薬を含み、ペットボトルを煽る。
  そのままに口付ければ、彼女はいとも容易くそれを受け入れた。
  それ―――――
  薬というか、口付けを簡単に受け入れた。
  
  
  自ずと薬は吸い込まれていき、口の端から水が零れる。
  喉から鎖骨、胸元を汚した。
  
  
  ガキながらそれらしく舌を絡めてくる様が酷く悲しく、
  やはりイマイチその気になれない。
  自身は想像よりも倫理的だ。
  
  
  
  「おい、おい。」
  「これで終わりなの？」
  「後数分で眠っちまうだろ」
  「酷いな」
  
  
  
  門倉さん。
  
  
  口元を拭いながらそう呟いたは泣いていただろうか。
  分からない。
  仮に涙を流していたとしても、それが感情に起因するものなのか、
  症状に起因するものなかの判断も望めない。
  だから考えないようにする。
  
  
  すっかり寝息を立てるの横目に、
  何だか出発する気が失せてしまった門倉は、
  車から降り、煙草に火をつける。
  
  
  やれやれ損な役回りだと、独り言ちた。
  
  
  
  
  
  

  先輩尾形別軸続き
  過去話です(過去話大好きです)
  門倉さんを出してみました！
  話の流れはざっと決めていたのですが、
  誰にするかを決めておらず、
  どうせなら書いた事のないキャラがいいなという事で
  鯉登・鶴見さん・門倉の三択でした
  他の二人だったら又、違う話になっていたであろう。。。
  
  
  2017/12/19
  
  NEO HIMEISM