愛すべき君はもういない

酷く汚い気持ちをどうにも出来ず、
何食わぬ顔をしたの手を取り問い詰めた。
彼女は特に隠し立てする事もなく、そうよと答え、
何が悪いのかよく理解していないようだった。

過去の経験により性行為に対する見識が
異常だという事は知っていたが、
この愛により脱却したのだと何故か勘違いしていた。

一緒にいる間は何ら問題なく、絵にかいたような幸せな時間を共有した。
本人から聞かされた彼女の過去の問題など、
まるで関係がないような、そんな甘えさえ見て取れる。

最初の不義は月島の出張時。
たった三日の間に二人の男を咥えこんだ。
情事の後を隠そうともしないの身体から、
その疑いを抱いた月島は、余りに杜撰なそのやり口に言葉を失う。
堂々としたもので、戸惑い追及するタイミングを失った。

次は突然生じた危機的案件。
がとある任務に駆り出された時だ。
不安は十二分にあったが、仕事に口出すわけにもいかず見送った。

と月島が籍を入れた事は、組織には知らせていない。
余りにも性急すぎて恥ずかしかったという理由だが、
こうなると心の奥底の部分で気づいていたのではないのかと思える。

「どうして怒ってるのよ、月島」
「分からないのか、お前」

本当に。

「ごめんなさいね」

本当に分からないのだと、月島の目を真っすぐに見つめ言う。
酷く美しい顔は困惑した表情を変えず、
心は一切伝わらないのだと思えた。

散々貪られた結果、の脳はそれに適応した。
セックスを安定剤とし、それが手段となる。
搾取される生き物からどうにか脱すべく、
その身を挺し術を身に着けたにとって、
呼吸をするのと同じ行為なのだ。
感情と心は決して交わらず、貪られ尽くした身体に執着もない。

だからといって、それら全てを許容できるほど、
こちらもいかれてはおらず、それでも心はここにある。

そう簡単に割り切れるわけがないだろ、そんなの。
そんな容易い関係じゃあないはずだぜ。

「つき、」

名を呟きかけたの唇を舐め、頬に口付ける。
そのまま額をつけ、少しの間、躊躇した。

が求める自分という存在は果たしてどういうものだったのか。
この女を後生守ると決め、抱き締めたはずだが。
いや、という事は全てはこちらの勘違いか。
そんな、そんな馬鹿な話があって堪るかよ。

の手首を掴み抱き締めたいが心が足踏みし、
ソファーに突き飛ばす。
バランスを崩したが、
それこそきょとんとした表情でこちらを見上げた。
相変わらず美しい。

その眼差し、睫毛、骨格。唇。除く舌。
白い肌、栗色の髪。
これら全て俺のものだ。
俺のものだったはずで、だから法的な契約を結んだのではないのか。

「…これが最後なの？」
「…そうだよ！」

その時のが、僅かでも淋しそうな表情を浮かべたもので、
それこそ心が行き場所を失くした。
ソファーに寝転んだに跨り、気持ちのままその身を貪る。

これまでやった事のないような雑なやり口で服を剥いでも、
はまったく動じない。慣れているのだ。
そんな事、別に知りたくないぜ。

今、まさしくこの時間に終わりゆくこの関係は、
恐らく自身が犯した最大の過ちだ。
吐息や喘ぎ声は漏れる癖に、本音は一つも漏らさない。
いや、違うか。ないのか。
そこに行きつき、もうどうにも身動きが取れなくなる。

こうしてに跨り、好きに身体を弄っても何も感じられない。
今、確かに触れている目前の女はそこにいない。

どんな触り方でもこの女は容易く濡れ、いつだって誰でも受け入れる。
を責める事は間違っているのかも知れない。
この世界が余りに残酷だから、これは仕方のない事なのかも知れない。

この女の身体が容易く侵入を許すのは、度重なる不幸が齎した産物だ。
その身体が生き抜くために仕組みを変えた。
の生き様に寄り添い、彼女の傷口に触れてどうなる。

何もかも全てを許すだなんて、それは自然でない。
心のないが何よりも不自然な存在なのだ。
その事実から目を逸らしていた。

酷く狭いソファーの上でに侵入する。
肌蹴た胸に薄っすらと浮いた汗が艶めかしい。
乳房に手のひらを重ね、鼓動を確かめる。
確かに鼓動は伝わり、心はないが生きている。
それは分かる。

「―――――ぁ」

の細い首に指先を這わせ、ゆっくりと首を絞めた。
力を入れる直前にの視線が月島を捕らえた。
抵抗するかとも思ったが、
やはり一切そんな素振りは見せず、目を閉じた。

じわじわと力を込めるに連れ、の顔に赤みが差し、
彼女の眉間に僅か皺が刻まれる。

「…っ」

頸動脈をゆっくりと圧迫すると、
の身体は徐々に酸欠状態となる。

何故、抵抗しない。
急に締め付ける力が強くなり、はっと我に返った。

手を離せばが大きく口を開け、明らかに足りない酸素を求める。
白い首には指の後がくっきりと残り、まるで事件後の様子だ。

覚醒したは何事もなかったかのように喘ぎだすし、
月島に向かい両腕を差し出す。

これが最後のセックスだとして、
何に重きを置けばいいのか分からないでいる。
動きに迷いが生じ、集中力は欠如。
心が躓いた。

「…馬鹿ね」
「何」
「何の意味もないのよ」

こんな事には何も。

の声が響き酷く萎えた心はもう助からない。
身動きの取れなくなった月島に向かい、が身を起こした。
体面座位の形になった直後、が月島の胸元を軽く押す。

「すごく悲しいんだけど、わからないのよ」
「何がだよ」
「悲しみ方」

月島の肩に手を置き、身動きを奪い貪りだしたは、
何ものも写さない眼でこちらを捕らえ続けており、
彼女が失った大事なものを彷彿とさせる。

身体ばかり寄越せだなんて、このに対しては決して通用しない。
彼女にとって、セックスは只の手段であり、心は一切伴わない。
今更、伴ってどうする。
これまで散々、消費させてきたというのに。

月島の精液を無理矢理搾り取ったは、
愛していたわと囁き口付ける。
そんな事は重々承知だと吐き捨てた月島は、
バスルームへ向かうの足音を聞きながら、
これで終わりなのだと目を閉じた。

先輩尾形番外編④
強ビッ姐さんの過去話②です
月島との別れをクローズアップ(悪趣味)
首絞めセックス云々みたいな話もあり、
それを使って書いてやれと思っていれば
想像以上に救いのない話になってしまい、
月島に対して罪悪感が多少あります
ごめんな月島

2017/12/25

NEO HIMEISM

Photo&Title : Raincoat.　 Design : klee