さよならの和音
に近づきその全てを手中に収めろとは、土方の指示だ。
組織を離れる決断をした際、彼はこれまでの成果全てを取り返す事とした。
作戦の中心にはがいて、がいなければ事は何一つ進まない。
お前、を懐柔出来るか。
ポツリと呟いた彼の言葉は真意だったのだ。
この組織は余り古いものではない。
この土方を主として、数名のメンバーで構成された。
20年ほど昔の話だ。
その頃から土方はラボを管理し、組織の為の研究を重ねた。
マッドサイエンティストとして名高い家永を連れて来たのも土方だ。
子供を使い、殺人に特化した生き物へと無理矢理に変え研究。
組織はそれを受け入れ、次々と子供たちを餌食とした。
その内の一人がであり、一番の成功例がだ。
まさかこうなる事が分かっていたかのように、
と門倉の間には不可侵の信頼関係が成り立っている。
組織のやり口にが馴染めない事も折込済みであり、
ここぞというタイミングを見計らい動き出した。
が遠方のバーでくだを捲いている事も知っていたし、
手あたり次第に男と寝ている事も知っていた。
そういえば以前も似たような事があったなと、今更ながら思い出す。
あれはまだが組織のコマとして悠々と活躍していた頃だ。
若く美しい彼女は酷く勝ち気で、そうして実際に強かった。
今と違うのは恐らく明るいセックスだったという点で、
一仕事ごとにどこぞで仲間としけ込む。
若さを咎めようとは思えず、妊娠の心配もない為
(本人は知らないが、組織の被験者は男女ともに
繁殖が出来なくなっている)組織も野放しにしていた。
あの頃のは気高く、誰にも媚びず美しかった。
少なくとも男に縋り泣くような無様な真似はしなかったはずだ。
素っ裸のままこちらに抱き着き泣くを見下ろし、
過去を思い出すだなんてまるで老人だ。
ここまで追い詰められ可哀想だと思う反面、
これから自分が行う行為に残酷さに辟易とする。
辟易とするがそれが仕事だ。
業の深い仕事だと半ば諦めの耳側で囁く。
どうした、。
そんなに疲れて。
もう嫌になっちまったか。
が顔を上げた。
虚ろで何もうつさない、曇った眼だ。
心が痛む。少しだけ。
「…抜け出したいか、そこから」
「…出来ない」
「出来る」
「…」
「俺がお前を助け出してやるよ」
だから俺の言う通りにしろと、弱り切った娘に囁く。
正常な判断の出来なくなった彼女は容易くそれを鵜呑みにし、
全てを委ねるという算段だ。
毎朝訪れる最悪の状態を恐れ、は自分で考える事を止めた。
泥沼の状況は自覚しており、
このままではいられないと思っているからだ。
どうにか抜け出したいと足掻くが術が見当たらない。
土方の筋書き通りの展開だ。
少しだけの自己嫌悪を感じ、それに蓋をする。
これからはより一層の地獄を覗く事になるのだし、
こちらも心を散々と殺す事となる。
遣る瀬無い、やり場がない、余りにも心許ない。
だからせめて今、この瞬間だけは嘘でも平穏でいさせてくれと、
これはこちらの身勝手かも知れない。
このままダメにはなりたくないよな。
髪を撫でながら呟いた。
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それからはとんとん拍子に事は進んだ。
の安定剤代わりになった門倉は、
こうして逢瀬を重ね、土方からの指示を伝えた。
は何一つ疑わず、こちらの指示通りに動く。
壊れた人形のように自我がなく、
門倉さえいれば他には何も要らないと言いかねない状態だ。
信頼を掴み、内側から崩壊させる。
最も問題になるであろう辺見はこちらが排除した。
刻、一刻とその日は近づく。
当のだけが何も知らず―――――
「…門倉さんとずっと一緒にいられる」
「!」
「これが終わると、ずっと一緒」
「そうだな」
「頑張らなきゃ」
あいつらを皆殺しにしなきゃ。
門倉の腕に頭を乗せたはそう呟く。
そうだなと、まるで気のない返事をする門倉に疑問さえ抱かない。
これが終わるという事は、この関係も終わるという事だ。
これで二人ともお役御免。
こちらの気持ちは楽になるが、
の気持ちは果たしてどうなるのだろうか。
そうして迎えた千秋楽。
薬を渡しに来た職員を殺し、その足で組織へ向かう。
表向きは一人の反逆だが、裏では土方達が暗躍していた。
一人、又一人と顔見知りを殺していく中、
同胞たちを解放する事も忘れなかった。
最終的に建屋に火を放ち、何もかもを灰にする。
轟轟と燃え盛るその光景に酷く興奮した。
全身に返り血を浴びたまま、ウロウロと門倉の姿を捜し彷徨う。
全てが終わったらずっと一緒だという、あの男の言葉を信じて走る。
走り続ける。どこまでも走る。
二本の足が動かなくなるまでだ。
例の薬を飲んでも、門倉と一緒にいると気分もそう落ち込まないし、
気分もよくなった。
酷く怠くても抱き締められるとやんわりとした優しさに包まれる。
その反面、万が一いなくなったらと、そんな不安に襲われていた。
いつしか失う事が恐ろしく、共に過ごす時間でさえ僅かな恐怖を伴う。
足の爪が割れ、血塗れになっても走った。
どこまで走っても門倉の姿はなく、この広い世界にたった一人だ。
たった一人置き座られ、もう行く宛もない。
まるで何もかもが悪い夢のようだ。
「…」
「言わないで」
「可哀想に」
「アンタの仕業でしょ」
「そいつは随分と酷い言い分だな」
立ち尽くすの元へ近づくのは土方であり、
そこでも全てを悟る。
両の足は血まみれで酷く痛む。
もう一歩も歩けない程だ。
止めどなく溢れる涙は痛みのせいか。
それはどこの痛みなのか。
怪我の手当てをしようと言い、
土方がの背を押した―――――
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「…っ!!」
「目が覚めたか」
急に目が覚め、すぐに痛みが襲ってきた。
すぐに状況が把握出来ず、思い出そうと目元を抑える。
指先が濡れ、どうやら泣いていたようだ。
「門倉の夢でも見たか」
「殺すわよ」
土方が笑う。
身体を起こせばそこが例のホテルであり、
術後だという事を思い出した。
血が随分なくなったからか酷く腹が減っていた。
先輩尾形別軸終わり!
年内に終わらせたぜ〜!
過去話Bです(過去話大好きです)
こっち側の関係性を明記する為だけの話でした
次から本筋に戻ります
2017/12/30
NEO HIMEISM
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