髪を結うのも乱すのも

• 驚き身動きが取れないと月島に対し、
  【開】のボタンを押したまま、乗らないのかと呟いた尾形は、
  特にこちらを一瞥する事もなく、それ以外の事も、何も言わなかった。
  
  
  無言のまま乗り合わせたエレベーター内は異様な程、静かで
  モーター音だけが軋んでいた。
  当然、月島も何も言わないし、尾形も何も言わない。
  
  
  分からない。この箱の中で動揺しているのは自分だけかも知れない。
  普通に会話を、せめて挨拶の一つくらい
  しなければならないのかも知れない。
  だけれど今、口を開いても何を言っていいのかが分からない。
  
  
  何故、ここまで自身が動揺しているのか、それさえも理解出来ていない。
  息さえも満足に出来ず、過呼吸で倒れそうだ。
  掌に酷く汗をかいていた。
  
  
  永遠に続くかと思われたこの箱の孤独だが、
  実際は数秒のものであり、
  エレベーターのドアが開き外気が流れ込んだ瞬間、
  ようやく呼吸を取り戻す事が出来た。
  
  
  尾形も月島も、まるで決まった道を歩くように流されていく。
  
  
  またのお越しをお待ちしております。
  エントランスで老人の声がそう見送った。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  冷え切った朝の光に晒され、
  やはり昨晩の一件は全て幻だったのではないか、
  そんな思い違いに襲われるが当然そんな事はなく、
  駅へ向かう人々の群れに同調し全てを忘れる事が出来ればと、
  そんな後ろ向きな打開策を考えていた。
  
  
  これからこの状態のまま仕事に向かい、
  何事もなかったようにやり過ごすのかと思うと、
  それは余りにも遣り切れないが他にやりようもない。
  
  
  先頭を歩いていた尾形がふと立ち止まった。
  次いで月島も歩みを止める。
  
  
  
  「…腹が減ったな」
  「…」
  
  
  
  ここにきて尾形が突如、まさかの発言だ。
  流石に月島も驚いたと見え、
  言葉にこそしないものの目がそれを物語っている。
  
  と月島が戸惑っている間にも、
  尾形は勝手に近くのカフェに入っていく。
  この状況下、まさかの三人でモーニングと相成った。
  
  
  奥の席へ案内され、無言のまま座る。
  はっきり言うと最悪で、正直な所、最低だ。
  
  
  エレベーターで尾形に鉢合わせてからというもの、
  全がこの男のペースで進んでいる。
  従う必要もないのに何故、言われるがままになっているのか。
  
  
  やましいからだ。
  状況が読めないから下手な真似が出来ない。
  月島は、恐らくこちらの事を思い黙ってる。
  ここまでくると、それこそ全てが裏目で自己嫌悪しかない。
  
  
  何故、早朝に、自分と寝た男２人を前に座っているのか。
  誰も、何も咎めやしないのに―――――
  
  
  そこでようやく、何も咎められない事に苛立つ自身に気づく。
  そんな、どうしようもないエゴにだ。
  遣り切れないし、やってられない。
  
  
  そんな詰まらない事の為に月島と寝たのかと思えば、
  やはり気分は最悪だ。
  その事に月島は気づいているのだろうか。
  では、尾形は。
  
  
  気づけば店員がオーダーを取りに来ていた。
  メニューを見る余裕もなかった為、適当に同じものを頼む。
  男２人は何だかんだ、好きなものを頼んでいたようで、
  こちらよりは余裕があるのだろうか。
  
  
  それにしたってやはり遣り切れず、朝の光が強引に覚醒させる。
  酔いが醒めるというのはこういう事なのかと実感するわけだ。
  アルコールだけでなく、夢からも醒める。
  当然そこには只の現実しか残らない。
  
  
  耐え切れずが席を立とうとした瞬間、尾形が口を開いた。
  
  
  
  「もう少しいいホテルに泊れよ」
  「！」
  
  
  
  丁度モーニングが運ばれてきた。
  ベーグルが山ほどだ。
  朝から何をどれだけ喰いやがる。
  
  
  尾形も月島も、ベーグルに手を伸ばし、もくもくと貪る。
  次いで簡単なプレートが運ばれてくる。
  
  
  尾形も月島も、只々、飯を食い続ける中、だけが手を付けない。
  辛うじてオレンジジュースを一口飲んだ。
  
  
  
  「あんな連れ込みじゃなくて、他にもあったろ」
  
  
  
  尾形は視線を上げず、飯を食いながら話を続ける。
  
  
  
  「まぁ、今度は俺も誘えよ」
  「…」
  
  
  
  何も言わずにが席を立った。
  尾形に視線を送るが、相変わらず飯を喰らい続けるだけだ。
  流石に月島も口を開く。
  
  
  
  「…何のつもりだ」
  「そりゃ、こっちの台詞だろ」
  
  
  
  恐らくは戻って来ないだろう。
  泣いていたような気もする。
  自業自得とはいえ、あいつも馬鹿な女だ。
  
  
  
  「お前と三人なんか、願い下げだ」
  「奇遇だな」
  
  
  
  俺もだよと返す尾形を見て、何か裏があるのだろうと察する。
  この男との関係は、
  こちらが思っていたよりも複雑なのかも知れない。
  あえてを追い払い、こちらに本音を僅かばかり見せる。
  思惑は掴めないが薄気味の悪さは十二分に伝わった。
  
  
  あらかた喰い終わり、コーヒーで流し込む。
  ここにきて尾形が初めて視線を向けた。
  目が合う。
  
  
  
  「勘違いするなよ、あれはうちのだ」
  「！」
  「好きに使え、だが―――――」
  
  
  
  かならず返せ。
  さも当然のように、まるで所有物の様にそう言い切る尾形を前に、
  何か言う気にもならない。
  
  
  だからやはり諜報は組織としてどこかおかしいのだ。
  組織がおかしいのか、そこに準じる人間がおかしいのかは分からない。
  だが確実に最悪な気分だ。
  
  
  飯を喰えば用も済んだらしく、
  尾形はの分の金も置いて店を出て行った。
  あいつに遅れるなと言っておけと言い残してだ。
  
  
  ハナから分かっていた結末ではあるが、後味が悪すぎる。
  喰ったメシさえも消化不良を起こしそうだ。
  
  
  恐らく今も泣いているであろうを思いながら、
  この後悔の行方を捜していた。
  
  
  
  
  
  
  
  
  

  先輩尾形続きです
  昨年振りですね
  ようやく別軸過去篇が終わったので
  尾形と鉢合わせしてから結構時間たってて驚きました
  朝からガツガツ食いそうってのは
  私の中の勝手なイメージです
  
  2018/1/15
  
  NEO HIMEISM