錆び刀の創痕が残る間に

• あら嫌だ、あんただったの。
  
  
  だなんてあっけらかんとした口調で言うを目の当たりにし、
  あら嫌だはこちらの台詞だと思うわけだ。
  
  
  特殊部隊間での隊員の行き来は頻繁に行われる。
  案件の規模にもよるし、その都度チームを編成する場合もあるのだ。
  そうして今回はたまたま、そのお鉢が月島に回って来た。
  隊長格の行き来は珍しいがない事ではない。
  
  
  作戦の内容をさらりと確認したところ、
  遠方での救出作戦だった為、容易にだからかと考えていた。
  
  
  一先ずチーム会議へ向かえば、この有様だ。
  会議室の中には一人しかおらず、
  反射的にドアを閉めかけたが、
  どうにか社会人としの責務がそれを留める。
  
  
  
  「他は」
  「あたしとあんただけよ」
  「…」
  「何？不満なの？」
  
  
  
  不満ではある。
  だが、その理由はが思い描くものと相違する。
  確実にだ。
  
  
  この女と別れて以降、２人っきりの場面は初めてだ。
  自身は恐らく、一切気にしていないし
  (この女にはそういう人として大事な機微が欠損している)
  だから今回、こちらを指名したのだ。
  まったく、相変わらず、どうかしていやがる。
  
  
  
  「俺じゃなくてもいいんじゃないか」
  「どうして？」
  「嫌なんだが」
  「そんな事を言う人、初めて見たわ」
  「は？」
  
  
  
  みんな、あたしと組みたくて堪らないのに。
  
  
  そんな事を真顔で言って退ける。
  きょとんとした顔で、酷く可愛い唇でだ。
  
  
  別れたのは随分、前の事なのに、
  何故だかこの女はまるで老け込まないし、
  その異様な美しさには見る見る磨きがかかる。
  
  
  これはもう人智を超えた存在だ。
  物の怪の類に近いのではないかと、そう思うのだが、
  何故だか月島以外の誰もがそう認めていない。
  
  
  ここで無理矢理断る事も出来たが、
  その前に上層部の(恐らく今、が寝ている相手の一人だ)
  人間が顔を出し、の顔を見ながら月島に対し
  何だかんだと苦言を呈してきたもので、
  断るタイミングを逃してしまった。
  
  
  男が部屋から出て行くまでの30分間、
  もう、散々と嫉妬心を見せつけられ辟易とした。
  
  
  はで、そんな様を楽しんでいるのか、
  若しくは何とも思っていないか、
  ニコニコと笑いながらじっと目を見つめる。
  月島の目前で。
  
  
  だから、こういう場面が堪らなく情けなく、心がざわめくだけだ。
  こんな思いはこの女と出会ってから、ずっと味わっている。
  
  
  心を持ち出されていた頃なんて本当に最悪で、
  己の中に渦巻く嫉妬心や独占欲と対峙し、
  どうにか折り合いをつける日々だった。
  
  
  まさか己の中にこうも女々しい感情が存在しているだなんて
  知りたくなかったわけで、これまで味わった事のない屈辱的な時間。
  そんなものととの生活は共存した。微笑みながら。
  
  
  
  「じゃあ、出発は今夜ね」
  「…」
  「どうしたの月島、そんな、浮かない顔して」
  
  
  
  この女は果て無く美しく、魅力に塗れている。
  顔を見ればいつだって胸はざわめくし、
  恥ずかしながら昔の事を思い出す。
  あの、苦しくも充実していた一年半を。
  
  
  嫌な思い出ばかりのような気がしているが、
  それは思い出さない為の防衛策だ。
  
  
  だからあれ以来、との接触は出来る限り避けていた。
  過去の思い出は全て憂鬱と一緒に消えてしまえ、
  の面影も序でに―――――
  
  
  
  「分かった」
  「なら、準備しといて」
  
  
  
  迎えに行くわとは笑った。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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  その会話からの八時間後の逢瀬だ。
  腹の中で渦巻いていたドロドロとした感情全てが発射され、
  これまでこちらが抱いていた詰まらない警戒心は
  一切意味をなさなくなった。
  
  
  と暮らしていた部屋は模様替え一つせず、今尚使っている。
  元々、自宅に戻る頻度は多くない。
  わざわざ引っ越すのも手間だし、
  余りその辺りを気にするタイプではないからだ。
  
  
  自分ではそう思っていたのだが、
  いざが上がり込んで来た時に発した、
  あの頃とまったく変わってないのね。
  その一言に全ては集約されていた気がする。
  この日を心待ちにしていたとでもいうのか。
  
  
  そうか、なんて気のない返事を返しながら、
  無意識にお茶の準備をしているわけで、
  お湯を沸かしている時にふと我に変える。
  俺は何をしているんだ。
  
  
  そんな状態でにお茶を出せば、
  あたしの好きな銘柄をまだ覚えてるなんて期待してもいいの。
  彼女が笑う。
  もう駄目だった。
  
  
  恐らくまんまとの術中に嵌った。
  思惑がどうかは分からないが、この女は無意識にこうして男を誘い寝る。
  あの時もそうで、今もそうだ。
  
  
  ソファーに座るに口付け、性急に押し倒せば、
  これまでの色々が一気に溢れ出しもう歯止めは利かない。
  
  
  そういえばあの頃、このソファーで致した事も当然あるし、
  やはりこの部屋にはとの思い出が有りすぎる。
  当のがいない間は思い出は死んでいたのに、
  まるでそういうもののように彼女が侵入した途端、全てが蘇る。
  
  
  この部屋でと過ごしたあの僅かな時間、
  こうして彼女に触れていた事実。
  瘡蓋の下で疼き出す。
  
  
  酷く原始的で人間臭いこの状況が下らなくて手放せない。
  只、理由もなくが欲しく、
  肌と肌を擦り合わせこの身が生きている事を思い知る。
  
  
  の唇が首筋で吐息を吐き出し、こちらの名を呼ぶ。
  愛しているとは互いに言わず、
  それは偽りになるからだと知っているからだ。
  
  
  いざ挿入する前に一瞬だけ身を離す。
  こちらを見上げるを見つめ、ふと指先を唇に近づけた。
  
  
  赤い舌を出し、が指先を舐める。
  そのまま口の中に指を入れた。
  舌が這いまわる感触。
  
  
  
  「お前といると、疲れるばっかだ」
  「…」
  「でもお前がいないと…」
  
  
  
  そう言いかけた瞬間、がぐっと身を起こし口付けた。
  それ以上の事は言うなという事か。
  
  
  そうだ。確かに馬鹿な真似だ。
  セックスの最中の会話なんて愚の骨頂で、信憑性もクソもない。
  
  
  その事をが知っているとも思えないが
  (幾度も言うが、彼女にはそういう感情の機微がない)
  無意識にこちらの情けなさを飲み下してくれる。
  
  
  別に、お前がいないとどうってわけでもないし、
  淋しさなんてそれこそ一時的だ。
  これから先もと価値観が擦りあう事はないし、
  人生も交じり合わない。
  彼女は変わらない。変われない。変わる事が出来ない。
  
  
  もっと歳を取り、互いに老人にでもなれば、
  の全てを許せるのだろうか。
  行く宛の無くなった彼女の終の棲家に成り得るのか。
  そんな、酷く他愛もない事を考えてしまう。
  くだらない。
  
  
  当初、搭乗予定だった飛行機はとっくに旅立っている。
  狭いソファーから滑り落ち、床の上で這いずり回りながら
  只、今はこの身を貪っていた。
  
  
  
  
  
  
  

  強ビッチさんとやけぼっくいに火をつけろ！
  まあ、火はつかないわけなんですけど
  ここ最近、こういう風に無駄にセックスしてる話を
  書いていなかったもので、書きました
  相変わらず爛れてらっしゃる。。。
  
  2018/01/22
  
  NEO HIMEISM