絡まりも縺れもしない

• 自分でも理由が分からない程、涙が零れどうしようもなかっただけだ。
  ここ最近のまるで普通でない状況が、
  感情を逆撫でしているのかも知れないし、
  単にストレスが溜まっているだけなのかも知れない。
  
  
  尾形の一挙一動に心揺さぶられるなんて間抜けな話で、
  一々真に受けてはいられないはずだ。
  彼は自分の上司であり、確かに幾度か寝たが、
  何一つの明言もない只、それだけの関係。
  それ以上でも以下でもない。
  
  
  同じ職場で寝るなよと言いたげな月島とも結局寝たわけで、
  自身の迷走ぶりにほとほと嫌気が差した。
  
  
  思いに流され、心がどんどんとこの手から離れていく。
  こんなのは似合わない真似だ。
  こんな自分は好きになれない。
  
  
  ひとしきり泣いた後、個室から出て洗面台で顔を見る。
  酷い顔だ。化粧の崩れは言わずもがなだが、剥がれた化粧の下。
  疲れ切った肌が顔色の悪さを物語る。
  頬も心なしかやつれ、一気に老け込んだ気がした。
  
  
  朝の光に照らされたこんな顔を晒すのも忍びない。
  あの二人の目に、自分はどう映っているのだろうか。
  
  
  
  「…大丈夫？」
  「！」
  「あ、ごめんごめん」
  「あの…」
  「急に声かけてごめんね」
  
  
  
  女がいた。痩せた女だ。
  トイレの入り口、そのドアに背をつけ、
  腕を組んだままこちらを見ている。
  
  
  赤と黒のミニドレスに網タイツ、肩にかけられたライダース。
  まるで星のようなブーティ。
  薄いピンク色の髪は大きなカールで彩られ、
  まるでフィクションのような佇まいだ。
  
  
  黒く縁取られた目がやけに大きく見え、
  その真ん中にあるモスグリーンの眼がこちらを捕らえて離さない。
  
  
  赤い唇には煙草が挟まっていた。
  女は煙を吐き出しながら言う。
  
  
  
  「驚かせるつもりはなかったんだけど」
  
  
  
  ずっと泣いてたよね。
  
  
  
  「あの…」
  「あれ、あんたの男？」
  「えっ」
  「あの、ツーブロックの」
  
  
  
  女はこちらを見ている。
  赤い唇の間から吐き出される紫煙の先、
  見透かすような眼差しは逸らされない。
  どうやらドアの前から動く気もないらしい。
  
  
  洗面台に手をついたまま腹を探る。
  この、余りにも異質な女の存在理由は何だ。
  
  
  
  「嫌だ、そんなに警戒しないでよ」
  「…」
  「可哀想だと思ってさ、あんた」
  
  
  
  いいように遊ばれて。
  違う？違わないよね、そういう話してたよね。
  ごめんね、聞くつもりはなかったんだけど、
  あんたら丁度あたしの後ろの席で話してたからさ。
  聞こえちゃって。だって酷くない？
  あんた、可哀想じゃない？
  大事にされてなくない？
  ねえ、それでいいの？
  
  
  
  「ちょっと」
  「だけど、多分あんたが悪い」
  「えっ？」
  「だって、こんなに隙だらけじゃない」
  「！！」
  
  
  
  瞬きの間に女は目前に迫っており、息を飲んだ。
  思わず一歩後退る。
  
  
  何よ、取って食おうってわけじゃないわよ。
  女はそう笑い踵を返す。
  
  
  そうして、弱い女。
  そう吐き捨て姿を消した。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  反射的に腹部を抑えた。
  傷口が開きかけているようだ。
  
  
  まったく、あのじいさんはいかなる場合でも人使いが荒い。
  術後すぐだというのに、あの女の後をつけろだなんて、
  マトモな神経をしていたら決して出て来ない言葉だと思うのだが。
  
  
  やむにやまれずここへ飛び込んだが、
  出来れば訪れたくない場所ではあった。
  薬を貰う時にだけ顔を出しているような間柄だ。
  
  
  土方という人間を、心の底から許す事が出来ないでいる。未だに。
  挙句(術中に麻酔を打たなかった癖に、あのクソ医者め)
  術後に強制的に打たれた麻酔のせいで嫌な夢を見るし散々だ。
  
  
  あの夢。あの時の夢など、ここ最近はとんとご無沙汰だった。
  まあ、ここ最近は薬と酒で強制的に眠っているような状態だ。
  夢も見ない。
  
  
  
  「…あれ、あんたの女？」
  「？ お前、大丈夫なのか」
  
  
  
  流石にギョッとした顔をする尾形に近づく。
  つい数時間前までほぼほぼ死にかけていた女が姿を現せば、
  そりゃあ確かに驚く。
  
  
  
  「あんな弱い女、どこがいいのよ」
  「弱い…？あぁ、 の事か。お前、どこでに会ったんだ」
  「どこでも、別に」
  「あれは俺の部下だ」
  「…へェ」
  
  
  
  俺の部下。聞き慣れた言葉だ。
  俺の部下。大事な存在―――――
  
  
  
  「そう勘ぐるなよ、只の部下だぜ」
  「どうだか」
  「ヤキモチか？珍しいな」
  「…」
  
  
  
  馴れ馴れしく腕を回しかけた尾形の腕を振り払い、
  上って来た血を唾液と共に吐き出す。
  
  
  ヤキモチだ？ふざけるな。
  お前と寝ようだなんて一度として思っちゃいない。
  
  
  じくじくと腹部が痛む。
  ミニドレスにシミが広がり、
  どうやら傷口が完全に開いてしまったようだ。
  
  
  お前たちを見ていると、ムカつくんだよ。
  思い出がシンクロし心がざわめく。
  ニヤニヤと笑う尾形にそう吐き捨てる。
  
  
  あの女は馬鹿みたいに泣いていて、その姿が何より腹が立つ。
  あの無力で、間抜けで、果て無く弱い姿―――――
  
  
  
  「手は出すなよ」
  「大事なのね」
  「言ったろ、俺の部下なんだ」
  「…」
  
  
  
  尾形の眼はいつも通り真実を語っていない。
  別に真偽を追及すべき場面でもないし、
  そもそも自分にはまったく興味のない事柄だ。
  
  
  手当の代償に尾形の素性を洗えと告げた土方への顔向けは
  この程度で十分だろう。
  
  
  傷が癒えたら連絡しろよと告げる尾形に軽く手を上げ、
  は、あのホテルへ戻る。
  酷く憂鬱な気分だった。
  
  
  
  
  
  

  わーい名前変換二つを初めて使ってみましたー
  一応この話の主人公はビバヒルビッチですので
  メンヘラビッチさんの見た目を詳しく表記
  万人受けしないデザインは今更でしょうか
  どんな女だよ
  後、ビバヒルビッチさんが厄年並みに
  酷い目に遭い続けていて気の毒過ぎる
  
  
  2018/02/12
  
  NEO HIMEISM