禍あれ、と鴉は謳う

薄く笑ったエースの顔ばかりが思い出され、まったくこれでは息つく間もない。 最初はこれでもかと言わんばかりに愛を押し付けてきたにも係わらず、 このあっさりとした引き際はどうだ。 他に好きな女が出来たのかと思えばハナからこちらを好きではなかったのか。 今となってはどちらでも構わない、どうでもいい事柄だ。 只それでもの心なんてものは思いの他深く傷付いてしまい、 立ち直るまでに膨大な時間を要した。花盛りをうっかり過ぎてしまう程だ。 俺じゃあなくても構いやしねぇよ。お前は。 あの男は最後にそう言った。確かにそう言ったのだ。何て残酷な言葉を。 一瞬、脳内がスパークしたかと思えた。 生まれてきてからこれまでずっと虚栄を張り生きてきて、 ふっと気を抜いた瞬間の小さな隙間に付け込まれた。簡単に転んでしまったのだ。 だから酷い自己嫌悪に陥った。何て間抜けな真似をしてしまったのだと、己の不甲斐なさに泣けた。 恨み続けるしかなかったのだ。そうでもしないと私が惨めで堪らないじゃない。 粉々になってしまうじゃない。粉々になりたくなかったから恨み続けたのだ。それなのに、これは一体どういう事だ。

「…なぁにやってんだ、
「…」
「そんなに俺が恋しかったかい」

エースの特徴を絵に描いたような男がいると耳にし、こんな見知らぬ街までやって来た。海を渡り。 いつしか恨みが生きる糧となっており、最早何を目的とするのかさえ分からないでいる。 それでも何故かエースを捜した。余り大きくない街の中、エースはすぐに見つかる。あの男は大して驚いてはいなかった。

「あんた、何なの」
「俺かい?俺は俺さ」
「その、背中」

エースと出会ったあの街は酷く寒い場所にあったものだから、流石のエースも常に上着を羽織っていた。 逢瀬の場合には何となく明かりが薄ボンヤリとしていたし、どうやら余り意識して背を見ていなかったのだろう。 彼の背に描かれた印に気づきもせず、何が愛しているだ。

「お前は、俺じゃあなくてもいいはずだ」
「あんたが憎かっただけ、あの日からあんたが憎くて憎くて」
「俺と一緒にいたって、いい事ねぇ」

ちっともな。あの街で見ていたエースの顔とはまったく違えており、 目前の男は本当にエースなのかと疑う。あの男はこんなに冷えた眼差しをしていただろうか、 そうして斜がかっていたか。こんな男相手ならば、どれだけ恨んでも同じではないか。敵う道理がない。

「いい事なんて、望んじゃいないわ」
「こんなトコまで追っかけて来てんだ、分かってるさ」
「あたしは」

どんな言葉を続けていいのか、感情さえも分からずに唇を噛み締める。 そんなをぼんやりと見上げたエースは変わらない表情のまま、 まあ、こんな所まで追いかけて来たんじゃねぇか。おごるぜ。そう呟き腕を伸ばした。


2009/1/4(あけましておめでとうございます) 模倣坂心中